2012/05/11

山中湖ロードレースの参加通知書

 第32回スポニチ山中湖ロードレースの参加通知書が届きました。

 この通知書は、葉書で、表に宛名が書かれており、その下には、種目名、ナンバーカード、Tシャツサイズが書かれています。

 種目名は、山中湖一周壮年男子です。息子が山中湖一周一般男子ですので、壮年とは、50才以上なのでしょう。

 ナンバーカードには、ナンバーが書かれているだけで、実際のナンバーカードは、この参加通知を受付に提示したときに、もらえるということです。

 Tシャツサイズは、受付のときにもらえるTシャツのサイズということです。

 葉書の裏には、大会スケジュールが書かれており、開催日は5月27日(日曜日)で、会場は

山中湖中学校(受付、ゴール)、役場前交差点(スタート)です。

 スタート時間は、山中湖一周は、9時30分です。

 受付は、5月26日も可能ですが、私たちは、当日の予定です。当日は、午前6時30分ないし午前8時です。

 会場案内図も記載されており、問題はないようです。問題は、当日に息子の自動車で出かけるので、駐車場が確保でき、そこからスタート地点までスタート時刻までに行けることができるかどうかです。

2012/05/02

魚津しんきろうマラソンを完走しました

 第32回魚津しんきろうマラソンに4月29日に家族4人で参加し、完走してきました。

 魚津までは、自宅からかなり離れた距離にあるので、28日に出発し、小田急線を利用して小田原まで行き、新幹線ヒカリで名古屋に着き、名古屋北部の駅から息子の自動車で魚津のマラソン会場に行きました。途中では、アルプスの雪山が見える素晴らしい景色でした。

 マラソン会場では、予定どおり選手受付が行われていましたので、家族全員で各自参加案内を提示してゼッケン2枚、参加賞、参加者名簿をもらいました。

 息子の自動車で宿泊のホテルに着き、夕食はないので、ホテル外で食事を済ませ、各自の部屋で当日に着用のTシャツの前後にゼッケンを安全ピンで取りつけました。大きい方のゼッケンには、チップが内蔵されているので、シューズへの取り付け不要でした。入浴は、各自の部屋で済ませて就寝しました。

 マラソン当日は、ホテルで7時に朝食を済ませましたが、できるだけ塩分をとるようにしました。

 私は給水をすると、塩分不足なるようで、脚の引きつりがあるようなのです。食事後は、歩いて会場に行き、控室の2階席でやっと4人並べる席を確保し、上着とズボンを脱いで、レース用の半そで、半ズボンとなり、息子とハーフマラソンの列に並びました。

 ハーフマラソンは、1800人の少ないレースですので、整列順番は各自適当でしたので、息子と並んでスタートを待ちました。娘は最前列近くに行き、妻は5キロレースに参加ですので、すでに10分前にスタートしていました。

 スタート後は、息子に前に行かせ、後は、抜かれる速度で走りだし、スタート地点を通り過ぎてしまい、ネットタイムの測定をミスしてしまいました。グロスタイムよりも多少の相違だけだったようです。

 後半は、ある程度、追い抜きをしながら完走しました。給水は、水のほかにドリンクがかなりあり、ドリンクを選択して、脚の引きつりを防止することができました。

 最後は、かるい追い抜き状態が続き、私の疲れとの競走でした。私は、70才代なのに50才代以上として参加しているので、敢闘賞ものの走りができ、満足の完走でした。

 

 

 

2012/04/26

魚津しんきろうマラソンの参加案内

 第32回魚津しんきろうマラソンの参加案内がきています。

 この参加案内には、私の住所、氏名が記載されており、右側には、種目、ナンバー、参加賞、スタート時間が記載されています。

 私の参加種目は、ハーフ50才以上です。私は、70才以上ですので、20才以上も不利な種目名です。完走することに意義があるのです。

 このマラソンの開催日は、今年の4月29日です。

 この参加案内は、受付に提示してナンバーカードと参加賞と引き換えることができるものです。

 受付場所は大会会場のありそドームであって、受付時間は、マラソンの前日の8時30分~20時00分、または当日の7時30分~スタート時間20分前までです。

 参加案内には、大会会場やコースの地図が書いてあり、駐車場のアクセス地図が書いてあるので、これに従って受付を済ませ、当日にはスタート地点に行けるものと思います。

 大会会場のありそドームには、JR魚津駅から徒歩7分程度だそうですので、間に合うように行く予定です。

2012/04/21

東日本国際親善マラソンの記録証

 今日、第16回東日本国際親善マラソンの記録証が届きました。

 郵便葉書の表には、私の住所氏名が書かれていて、その下には、種目名、ナンバー、記録(ネットタイム)、順にが書いてあります。

 記録としては、グロスタイムが書いてありますが、カッコ書きとして、ネットタイムがここに書かれていることが参加者としては、うれしいです。ネットタイムが参加者の本当の記録だからです。参加者が多いため、止むを得ず、後ろから走ったのであって、参加者が少なければ、当然にネットタイムで走れたからです。

 郵便葉書の裏側には、完走証としてマラソンへの参加の感謝と来年の出場の勧誘も書いてあり、エントリー総数が11,805人であり、各種目別の人数も書いてあります。

 70才代の私にとっては、60才代としては競走にならないのですが、60才以上が375人しかいないので、致し方ないけれど、この記録証は敢闘賞に相当するものと思っています。

2012/04/16

東日本国際親善マラソンを完走しました。

 昨日、4月15日に東日本国際親善マラソンに参加し、完走してきました。

 昨日の朝、最寄りの駅から電車に乗り、横浜線の町田駅で乗り換えて、相模原駅に行きました。相模原駅から会場への入場門は近くでしたが、その前に長い行列ができていました。

 この行列は、入場のための本人確認と荷物検査のためです。昨年は、中止されていたのですが、一昨年の情報では、入場のために時間がかかり、マラソンのスタート時間が1時間以上も遅れたということです。

 友人夫妻とともに、行列の最後尾に向かって逆方向に進み、かなり進んでやっと最後尾のプラカードを持っている人の位置まで着き、最後尾に並びました。入場のための時間が相当かかるとの情報が皆に知れわたり、多くの人が早くきているということのようでした。

 友人と待ち合わせたのも、入場までの時間がかかり過ぎるので、その間は友人との会話に有効に使いたいからでした。ところが、意外に行列の進みが速く、会場内の入門位置に簡単に到着することができました。

 本人確認は、主催者から郵送で予め受けていたゲートパスだけでよく、注意書に書かれていたパスポート、運転免許証などの顔写真付き本人証明書などは一切不要でした。

 荷物検査は、多数の検査員が待っており、しかも簡単に検査するだけでした。注意書では、携帯できない品物が多数列挙されていたのですが、それを完全に検査したとは思えませんでした。カメラは携帯できないとのことだったので、持参していませんでした。これは残念でした。

 会場内では、選手受付で主催者から郵送で受けていた封筒(ゼッケン引換券に相当する)を提出することにより、ゼンケン番号とチップをもらい、広場の適当な位置にビニールシートを敷き、座りました。マラソンのスタートまで2時間以上もあることになりました。予想外のことです。

 Tシャツにゼッケン番号を安全ピンで取りつけ、シューズの紐にプラスチックひもで取りつけた後は、周囲を軽く歩いたり、ジョギングしたりして時間をすごしました。友人との会話もあり、一人だけでなくて良かったと思いました。

 トイレは、比較的多く、男子用も別にありましたので、速やかでした。水道もあるので、手洗いも簡単でした。

 スタート30分前にスタート地点に友人と行くと、予定時間順にプラカードが用意してありましたので、友人と別れ、そのプラカードにしたがって後の方に行き並びました。それからの30分は、長い時間でした。12時で号砲が聞こえ、時計をセットして待ち、歩き始め、軽いジョぎングでスタート地点に着き、そこから2分位のロスでスタートできました。

 コースは、屈曲の直線コースですが、間違えることなく、誘導され、問題はありませんでした。最初は、抜かれる速度で走り、しばらくしてから、追い抜きを少しする速さでずっと維持しました。最後に近いころには、足の引き攣りが生じる恐れをもち、遅くなってしまい、予想よりも悪い記録でゴールできました。

 給水は、多数箇所にあり、少し省略するほどでした。給水は、すべて水のようでした。ドリンクがあるかと思いましたが、そうではなかったようです。私は、給水しすぎると、引き攣りが起こりそうになるようなので、ドリンクを探していたのです。

 このコースは、ほとんどフラットなので、記録のでそうな感じでした。カメラさえ使えれば、最高のようでした。何故、カメラが持ち込み禁止なのでしょうか。残念です。

 

2012/04/09

第16回東日本国際親善マラソン

 第16回東日本国際親善マラソンの参加通知書が届いていますので、紹介しておきます。

 このマラソンは、4月15日(日曜日)に開催されるものです。

 この封筒が参加通知書であり、住所、氏名、ゼッケン番号が記載されており、ゼッケン引換券なのです。この封筒は、当日に持参して受付に提示してナンバーカードとチップを入手するためのものなのです。

 封筒のなかには、ゲートパスと注意書が入っていました。

 ゲートパスは、会場に入門するために必要なもので、警備隊員に提示することが必要です。このチェックの後に、MPにより手荷物検査が行なわれるそうです。

 注意書には、ゲート入門時間、選手受付時間、スタート時刻が記載されており、私は、5k、10k、ハーフ、親子ペアのうち、ハーフに参加ですので、ゲート入門時間は9時~11時、選手受付時間は10時~11時30分、スタート時刻は12時です。

 手荷物検査での持ち込み禁止としては、危険と思われる物が列挙されていますが、大きなバッグ、カメラ・ビデオ、ビン類が記載されているのは、驚きです。

 会場への入門は、JR横浜線「相模原駅]の駅裏のゲートよりとなっています。

 走るコースは、会場内を複雑に角形に屈曲しながら走りますので、誘導が上手くなされることが必要のようです。

 

 

2012/04/03

不老の方程式(安保徹先生、低体温、低血圧が敵)について

 「不老の方程式(和田秀樹編)」という本の続きです。

 安保徹先生(低体温が敵)

 過度のストレスによる交感神経優位状態が病気の最大の原因だと考えているそうです。熱が出たり、痛みを感じたりという病気の症状は、身体の危険を察知し、修復状態に入っているのであり、薬で抑えるのではなく、我慢が必要なのです。

 病気だけでなく、加齢に伴う変化もそうです。薬を使って若い人の身体に近づけようとするから、おかしくなってしまうのです。

 老化は、衰えているのではなく、変質しているのであって、別の系統の免疫系が活発化しているのです。

 加齢とともに、血圧が上がり、脈が速くなるのはある程度当然なのです。最近、年齢に関係なく、血圧の目標を設定し、上回った場合には、降圧剤を服用させていますが、脳に血流が行かなくなり、ぼけてしまうのです。

 目、脳、腎臓は、血流不足に敏感な臓器ですので、降圧剤でダメージを受けてしまう危険性があります。

 血圧も体温も高いと、心配されるけれど、低すぎることを心配されるべきなのです。自分は、低体温だという人がいるけれど、そこが問題なのです。体温とエネルギーは、比例しているのではないかと思っているそうです。一番やってほしいのは、体操と入浴で体温を上げることだそうです。(ジョギングは、最高ですね)。

 食事は、植物繊維を沢山とることが勧められており、玄米、小魚、小エビ、豆、ゴマ、漬物、味噌、納豆などの発酵食品が勧められており、肉や魚も免疫力を高めるためによいそうです。

 がんについては、多くの病気と同じように、ストレスにより自律神経のバランスが崩れることで起きると考えています。自律神経のバランスを整えることで免疫力を高めて行けば、がんの進行は止まるくらいになるのです。考え方を前向きにして、開き直った人が何年も生き続けて、がんが見つからなくなるのです。

 医師も30年前には、お年寄りのがんは、進行が遅いから、手をだすなと教わったのが、今は、みんな高齢者のがんに手をだすが、よくないですね。

 

 

2012/03/29

不老の方程式(近藤誠先生)、がん治療について

 「不老の方程式(和田弘樹編)」という本の紹介の続きです。

 近藤誠先生のがん治療について

 心筋梗塞や脳卒中の予防のための検査データを正常にしようとする予防医学的な発想は、高齢者の寿命を延ばさないということが分かってきていますが、がん治療もまた然りです。

 胃がん、肺がん、乳がんなどのがんの早期発見の検査は、その最たるものです。実は、早期がんと言われるものの圧倒的多数は、放置してもそれ以上なかなか育たないものであり、発見して治療する意味がないものだそうです。

 早期治療しても、寿命が延びないことは、欧米のくじ引き試験結果から明らかなのだそうです。手術や抗がん剤治療によって身体機能を落としたり、亡くなるだけで損をすることなのです。

 がん以外に高血圧や高コレステロール血症などの成人病でも、無症状の場合には、検査で発見して治療しても寿命延長効果はないそうです。血圧やコレステロールは、生命維持に必須の要素ですから、無症状者で下げると、早死にする可能性すらあるそうです。

 外国のくじ引き試験では、定期的に諸検査を受けて検査値改善に励んだグループの方が寿命が短くなったそうです。

 それなのに、日本人は、がん検査、職場検査、人間ドッグなどの制度を根拠なく作り、人々は、心身ともに不健康となり、寿命を縮めている可能性が高いのだそうです。

 あらゆる検査値を正常にしようという、医師も患者も疑わない“常識”が日本では、根強いのです。

 その理由は、なんでしょうか。

 第二次大戦後の抗生物質やワクチンの登場が、感染症を撲滅し、乳幼児の死亡率を下げ、日本人を長寿化させたと、医師も患者も信じてきたのです。

 しかし、アメリカやイギリスの19世紀以降の死亡統計を見ると、結核にしても、しょうこう熱、はしか、チフスにしても、抗生物質やワクチンが導入される以前に死亡率は、すでに下がり切っているのです。

 結局、栄養状態や衛生状態が良くなれば、感染症は、自然に消滅しているのであって、医療は、それほど寄与していないのです。

 この間違った“常識”が日本の医療に影を落とし続けているのだそうです。

2012/03/27

不老の方程式

 「不老の方程式(和田秀樹編)」という本を図書館から借りて読んでいます。

 薬不信

  東大病院の老人科の研修医として、覚えているのは、教授を初めとして、多くの医者が製薬会社の接待攻勢に合い、毎晩のように高級クラブで飲んでいる姿だったそうです。接待に対する見返りがあるようで、高齢者向けの薬は増え続けているようです。

 一方、神経内科では、全く逆の光景を見たそうです。教授の乗っている車も大差だったそうです。

 高齢者専用総合病院(浴風会病院)

 ここでは、多くのことを学んだそうです。

 例えば、高齢者の場合、糖尿病患者に薬やインシュリンを使って、血糖値を無理に正常にしようとすると、明け方にもっと血糖値が低い時期が生じてしまって、その時に低血糖状態になる。ところが、脳に栄養を与えるのはブドウ糖しかないので、低血糖によって脳がダメージを受けて、ぼけてしまうのだそうです。薬やインシュリンの量を減らすと、元気になるのだそうです。

 高齢者の場合には、多かれ少なかれ、誰にでも、動脈硬化はあるのであり、血管の壁が厚くなるので、多少、血圧や血糖値が高めでないと脳に酸素やブドウ糖が行き渡らないのだそうです。高齢者の場合には、若い人よりも血糖値や血圧を高めにコントロールした方が良いそうです。

 高齢者専用病院での追跡データ

 多くの医学常識が少なくとも高齢者については、あてはまらないそうです。

 例えば、正常血圧群と境界血圧群とでは、その後の生存曲線に差がなく、高血圧群だけが悪かったそうです。

 糖尿病については、正常群,境界群、糖尿病群のいすれも全く生存曲線に差がなかったそうです。(私は、糖尿病群に属していますが、何もしないのが最善なのです。普通の医者にかかって、何かをすると、費用がかかった上に、副作用も生じるのです)

 薬の使い方についても、高齢者の場合には、腎臓が薬を漉し出す機能が低下し、肝臓で薬を分解する機能も低下し、身体の中の水分が減って、脂肪が増えるので、薬が溜まりやすくなるので、減らす必要があるそうです。

 

 

 

2012/03/12

大山登山マラソンを完走しました

 昨日は、大山登山マラソンに参加し、無事、完走してきました。

 大山は、自宅からも大きく見える山であって、大山登山マラソンは、小田急線3つ目の伊勢原駅からスタートする近隣のマラソンなのです。期待十分でした。

 昨日は、自宅から7時前に出て、伊勢原駅に着くと、改札口では、係員がマラソン受付方向を示すプラカードを持っており、途中でも方向が指されていて、受付の伊勢原小学校まで間違いなく行けました。

 受付では、参加通知書を提出して、RCチップとナンバーカードをもらい、更衣室内に入りました。その壁側は、すべて人がいるので、その内側にシートを敷き、荷物を置き、シューズにRCチップを取りつけ、ナンバーカードをウインドブレーカーの上に取りつけました。

 実は、走る衣服をどうするかに迷っていたのです。上は、Tシャツ1枚だけでは、寒そうなので、2枚にするか、上にウインドブレーカーを着るかだったのですが、後者にすることにしたのです。下は、半ズボンとタイツにすることにしていました。

 準備して、運動場に出ると、開会式が行われており、トイレに並ぶと、長い列で長い時間がかかりました。トイレは、少なかったようです。終わって、50才代と60才以上のランナー達が並んでいましたので、急いで後ろに並びました、ここから、スタート地点まで連れていってもらえるのでした。これは、ありがたいことです。

 無事、スタート地点に行け、10時にスタートできました。最初は、速度を遅めにして、しばらくしてから、速度をあげて遅いランナーを追い抜くようにしました。このマラソンでは、着替えをゴールまで運んでもらえないので、着替えを入れたバッグを背負っているランナーが高齢者には結構いました。慣れないことで走りにくい人もいたようです。

 私は、長袖シャツの上に薄い上着を着ただけなので、坂道も比較的楽に走ることができ、坂がある程度急になっても我慢できました。

 バス終点前の急坂では、無理をしないで予定通りに急歩に変更して歩き、そのまま石段になっても急歩を変えず、追い抜きができました。

 女坂の最後の石段では、流石にきつく、疲れがでてきましたが、周囲のランナーよりも疲れが遅く、かなり抜くことができました。30分遅れでスタートした40才代のランナーには、数人に抜かれましたが、予想外に少ない人数でした。

 無事、ゴールでき、手が冷えて使いにくいので、チップをシューズからとってもらって返還が終了しました。後は、何もすることがなかったです。ここでは、色々のサービスがあるようですが、何もありませんでした。前から大山登りで知っている店でお茶をもらっただけです。

 係員に聞いて、ケーブルカーに乗れると言われて、直ちにその行列に加わり、下りてバスに乗って会場にもどり、着替えをして帰ってきました。レース自体は、年齢相応以上の結果でした。

 でも、ゴールでの雰囲気が盛りあがっていることを期待していたのですが、何もなく、残念でした。全く別のランナーは、おしるこなどのサービスがあったと言っていました。どうしたのでしょうか。

 以前には、荷物を運んでもらっていたのに、それがなくなっても、同じ費用とは、変だとの話を更衣室で聞きました。それだけにサービスの向上に期待していたのです。

2012/03/02

秦野の遺跡について(2)

 「掘り進められた神奈川の遺跡(かながわ考古学財団編)の続きを紹介します。

3. 古墳時代の遺跡

① 桜土手古墳群    秦野市堀山下

 秦野盆地に所在し、大小の高塚墳が群在するとともに小石室が墳丘の合間に築造されます。

  第1号墳など一部の古墳は、墳丘内に石垣上の積み石が廻りますが、古墳完成後は見えなくなってしまいます。このような築造の技法は、神奈川県ではあまり見られず、埼玉県などで類例が知られています。

 古墳群の調査状況

 37基の存在が知られています。

② 下大槻峯遺跡

 200あまりの竪穴住居・堀立柱建物のほか、道・溝などが発見された集落遺跡です。

 道は、幅2.3mほどの硬化面で、緩くカーブしながら東西方向に伸びています。建物のほとんどは、道と重なることなく一定の距離を隔てて、道の方向に沿って建てられていることから、この道は、村の中の幹線道路としての役割を持っていたことが考えられます。

 また、竪穴住居に付設されたカマド内の土壌からは、イネ・アワ・コムギやマイワシ・カタクチイワシなどの動植物遺体が発見され、当時の人々の食生活の様子も判明しました。

 竪穴住居跡     壁の片側にカマドを付設しています。

③ 尾尻西立野遺跡

 渋沢丘陵上に立地する遺跡で、7世紀後半から10世紀前半の竪穴住居43棟、堀立柱建物50棟が発見されています。

 遺物の中で陶馬が1点出土していることは、特筆されます。一般に古代においては、馬は水辺で飼われていたことから、水神祈願で奉納されたり、疫病神・祟り神の乗り物に使用されたと言われ、土製や陶製の馬はこうした生馬の代用(形代)として用いられたと思われます。

 陶馬      須恵器質で、顔面から右前足にかけて遺存し、残存長8.2㎝、高さ7.2㎝、

顔の大きさ5,6㎝を測ります。下半分は故意に打ち欠かれた可能性があります。静岡県湖西地域産で、8世紀の製品です。

4.  中世の遺跡

① 東田原中丸遺跡

 丹沢山地から南に延びる舌状の微高台地上に位置します。 近くには、源実朝の首塚と言われる所もあり、波多野氏の館と考えられる遺構が発見されています。なかでも、堀立柱建物は何度も建て直されて使用されたと考えられ、重複して多数発見されています。出土した遺物から12世紀末~13世紀頃に営まれたことが分かっています。

 建物遺構群

 源実朝の首塚の南側で発見された建物跡。何度も建て替えられています。    

2012/02/27

湘南藤沢市民マラソンを完走しました

 昨日、湘南藤沢市民マラソン(10マイル)に参加し、完走してきました。

 今年は、スタート時間が9時15分であり、昨年の8時半よりも遅くなっていましたが、早く起きて準備ができましたので、最寄りの駅から昨年と同様に出発しましたので、片瀬江の島には、昨年と同じに着きました。江の島の途中のトイレによっても十分な時間でした。

 昨日は、午前中は、晴れの予報でしたが、雨のような曇りで、陽がでないので、寒い状態でした。更衣室で上下の衣服を脱ぐだけで、走れる状態となりました。今年は、タイツをはいて、足の冷えを抑えることができるようにしました。

 着替えた後は、更衣室を出て、衣服を入れたバッグを預けました。バッグには、ゼッケン番号のついた荷札を取りつけ、ゼッケン番号の末尾の数字の場所に預けました。

 その後、寒いので、スタート地点のビル内に入り、トイレも済ませて、時間が来るまで待ちました。

 スタート地点には、申告ゾーンとフリーゾーンとなっており、私は遅いランナーなので、フリーゾーンです。早くスタート地点についたので、しばらく待って並びました。遅すぎると、ロスタイムが長くなり、不利ですが、速すぎると、後ろからの衝突がこわいので、適当な位置にしました。

(走っている途中でも後からぶつかるランナーがおり、怒りましたが、とっくに前に行ってしまったランナーがいました。)

 スタートは、ピストルの音が聞こえたか聞こえないか位でした。ロスタイムは、2分位のようでした。去年は、5分だったので、かなりロスタイムを抑えることができました。

 今回は、膝が 心配なので、最初は抜かれる位の速さにしました。その後、徐々に速く走り始めて、追い抜きをするようにしました。昨年は、制限時間が心配で相当に急いだ覚えがありますが、今年は少し抑えました。

 まずまずの走りで継続することができ、最後は自分の限界までがんばりました。昨年は、最後に脚のひきつりが生じましたが、今年はひきつりが無く、今年の方が速いかと思いましたが、そうではなく、4分も遅れてしまいました。膝の心配をしたということです。

 でも、完走できて良かったです。今年は、ランナーの名簿が発行されておらず、どんなランナーと走ったのか、全く不明です。昨年は、受付のときに、名簿が手渡され、参加以前から他のランナーが分かったのです。

 今年は、記録証が郵送されるときに送られてくるのでしょうか。全く説明がありません。

 大会が終わってから、今年も鎌倉に散歩に行ってきました。

 

 

2012/02/22

大山登山マラソン

 第27回大山登山マラソンの参加通知書が今日、届きました。

 これは、昨年にインターネットでRUNNETにエントリーして参加料金を納付していたものです。

 前記参加通知書は、参加の通知だけですので、当日に受付を済ませて、ナンバーカードとRCチップをもらわないと、走れません。受付のさいにこの参加通知書を提出すると、ナンバーカードとチップがもらえるということです。

 マラソン当日は、3月11日(日曜日)であり、私の種目は、男子60歳以上で、ぜっけん番号は記載されています。

 受付時間は、7時20分からスタートの1時間半までとなっています。私の場合には8時30分が終了時刻となっています。終了時刻が年齢によって異なっていますが、これは、スタート時刻が年齢によって異なるからです。

 受付場所は、伊勢原小学校です。

 スタート地点は、伊勢原駅前です。

 スタート時刻は、男子50才代、男子60歳代が10時です。

 男子40歳代と女子が10時30分で、男子29歳以下、30歳代が11時です。

 このため、男子50才以上のランナーは、若いランナーよりも少なくとも一時的には、先行することができる状態となっています。

 道路での混雑が緩和される制度が採用されています。

 スタート地点とゴール地点とが異なりますが、今年からランナーの荷物を運んではもらえないので、スタート地点の受付場所で荷物を保管してもらい、ゴール後には荷物保管場所まで帰ってくる必要があります。

 このため、マラソン後も寒くないような衣服を準備して走る必要がありそうです。私は、完走が目標ですので、無理をしない予定です。

 

2012/02/21

秦野市の遺跡について(1)

 「堀り進められた神奈川の遺跡(かながわ考古学財団編)」を図書館から借りて読んでいます。

 秦野市の遺跡について抽出して紹介します。

1.縄文時代の遺跡

① 曽屋吹上遺跡

 水無川沿いの標高約143mの段丘斜面に存在し、等高線に沿って後期前半から中ごろの敷石住居が十数軒列状に並び、住居の張出部間を列石が連結しています。

 列石   直線状をなす部分、弧状をなす部分がありますが、等高線に沿って50m以上つながっています。    

② 平沢同明遺跡

 標高120mの室川流域の扇状地に存在し、晩期の遺物が中心ですが、弥生時代前期の遺物も出土しています。

 発掘状態   柱穴や土杭が多数検出されました。

2.弥生時代の遺跡

① 平沢同明遺跡

 弥生時代初頭の遺跡で、秦野盆地内で発達した扇状地先端地の湧水池に面した低台地に立地しており、縄文時代晩期終末の土器と東海系条痕文土器、西日本の弥生時代前期の遠賀川式系の土器などを埋設した穴が何か所か発見されています。

② 砂田台遺跡     秦野市南矢名

 大根川を臨む台地上に立地しており、弥生時代中期後半の竪穴住居跡92軒と新旧2本の環壕が発見されました。また、製鉄工具や多数の大陸系磨製石斧が出土しています。

 遺跡全景    堀で囲まれた集落の様子

 鉄製工具類  小形の鉄斧,鑿(のみ)、刀子などがあります。

   

                     

2012/02/14

湘南藤沢市民マラソン

湘南藤沢市民マラソンの参加案内が今日、届きました。

 これは、昨年に予め、インターネットでRUNNETにエントリーして参加料金を納付していたものです。

 前記参加案内には、ナンバーカードセットが同封されていることとなっていましたが、セットとなっていないため、計測タグ付きナンバーカードの他の安全ピンに気付かず、探し求めて、郵送袋の底に入っていることに気付きました。

 荷札は、安全ピンよりも大きいので、気付きましたが、セットとなっていないため、見落とす人もいるかもしれません。この荷札は、当日に着替え衣服などを入れた荷物を預けるときに付けるものです。

 参加案内には、会場図とコース図が書いてあり、交通案内図もついているので、分かり易くできています。

 10マイルのスタートは、9時15分ですので、昨年の8時半から遅くなっており、遠くの駅から出発せねばならない私としては、非常に嬉しい配慮です。

 今年は、計測タグ付きナンバーカードが郵送されてきたので、前日又は当日の受付が必要でなくなり、簡易な参加ができることになり、楽な参加が可能です。

 

 

2012/02/11

西洋医学の用薬法とは何か

 「効けば効くほど薬はこわい」(伊沢凡人、辰野高司著)」という本を図書館から借りて読んでいます。

 西洋医学の用薬法とは何か

 今の西洋医学は、熱が出れば、解熱剤、下痢には下痢止めという具合に一つ一つの症状に立ち向かい、また悪さをする微生物を探り出し、それを破壊し、あるいは中和、抑制する対症療法であった。

 しかし、生体にとっては、発熱とは、解熱に導く道筋であり、下痢は、身体の中に入った毒物を速やかに排出しようとする、生体側の対症療法であった。

 今の医学は、かなり安易ではないでしょうか。熱を下げ、下痢を止め、吐き気を止めてやれば、いいのかとなると、短絡的というか、間違っているのではないでしょうか。

 熱が出るという意味を生体側の立場に立って考えてみると、解熱に導く道筋なのです。

 つまり、発熱で体内や体壁の血液の循環を旺盛にして代謝を促し,発汗と利尿の量が増え、解熱に導こうとしているのです。(このほかに、病原菌は、高温に弱いという理由もあるようです。) これが生体側の治しの機構なのです。

 勿論、何日も高熱が続くときには、解熱剤も必要ですが、そういうケースは、ごくまれなことです。

 今の医学では、すぐに解熱剤や抗生物質を使用するのは、生体側の論理に反した逆の行為、逆治なのです。

 なお、下痢とは、腸内の汚物や発がん物質や悪いものを体内に吸収させないようにする肉体側の行為であり、身を守る行為であるということです。 

 

 

2012/01/29

脳細胞を育てよう

 「脳を鍛えるには運動しかない!」の続きを紹介しています。

 脳細胞を育てようについて

 脳内の信号送信には、二種の神経伝達物質、グルタミン酸、γーアミノ酪酸があり、三種の神経伝達物質、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンがあります。

 上記の神経伝達物質と同様に重要な「因子」と総称するタンパク質群があります。この最も有名なものが脳神経栄養因子(BDNF)です。

 脳神経栄養因子は、ニューロンの機能を向上させ、その成長を促し、強化し、細胞の死から守っています。

 コットマンという人は、マウスに運動をさせて脳内の脳神経栄養因子量を測定する実験をしました。ここで、大切なことは、マウスが自発的に運動することでしたが、マウスは、身体を動かすことが好きで、一晩で回し車で数キロも走ったそうです。

 そこで、マウスは、4グループに分けられました。即ち、回し車で2晩、4晩、7晩走るグループと回し車を使用させない対照群です。

 そして、実験後に、マウス群に脳神経栄養因子と結合する標識分子を注入してスキャナで調べたところ、走ったマウス群は、対照群よりも脳神経栄養因子が増えていて、そして長く走ったマウス群ほど、その量は多かったそうです。特に、脳神経栄養因子は、海馬で急増していたそうです。(マウスに感謝ですね。)

 脳神経栄養因子は、ニューロンの存続だけでなく、その成長にも重要であり、従って、学習に重要だということが明らかとなったのです。

 この研究によって、運動が学習のメカニズムを細胞レベルで強化することを証明する道が開かれたのです。

 脳神経栄養因子は、情報を処理し、記憶するに必要な道具を与えたというだけで、走りさえすれば、天才になるということではないということです。

 新たな道具のニューロンに刺激を与えてニューロンに仕事をさせ、ネットワークにつなげて信号伝達コミュニティの一員とすることが必要なのです。

 運動中に生まれたニューロンは、長期増強を誘発しやすいのです。新しいニューロンは、可塑性の天才なのです。

 

 

 

  

2012/01/18

脳を鍛えるには運動しかない

 「脳を鍛えるには運動しかない!(ジョンJ.レイティ著,野中香方子訳)」という本を図書館から借りてきて読んでいます。

 運動と脳に関するケーススタディについて

 シカゴ高校の体育教師は、生徒に心拍計をつけてトラックを走らせたそうです。

 トラック一周ごとに赤いボタンを押し、最後の4周で青いボタンを押し、平均心拍数を185以上で走らせました。

 これが革命なのです。昔ながらの体育ではないのです。

 この結果、生徒1万9000人は、全国一健康になり、成績も目覚ましく向上したそうです。

 何故、成績が向上するのかというと、近年の研究によって、運動が生物学的変化をもたらし、脳のニューロンを結び付けることが分かったからです。運動としては、有酸素運動が良いそうです。

 心拍計は、運動速度を測るものではなく、各自の運動の激しさを示すものなのです。運動速度は、遅くても、各自の運動の努力の程度を表すものなのです。

 運動の評価を心拍計の数値で行うことは、革命なのです。

 運動によって、生徒は、気持ちが良くなり、読解力などが増したそうです。

 ところで、運動によって、気分が爽快となるのは、何故でしょうか。心臓から血液が盛んに送り出され、脳がベストの状態になるからです。

 運動が脳にもたらすそのような効果は、身体への効果よりもはるかに重要で、魅力的なことなのです。筋力や心肺機能を高めることは、運動の副次的な効果にすぎないのです。運動をするのは、脳を育てて、良い状態を保つためなのです。

 脳を最高の状態に保つためには、身体を精一杯働かせねばなりません。

 何故、脳の働きを気にする必要があるのでしょうか。脳が私たちのすべてを取り仕切っているからです。あなたの脳の前の部分は、あなたが読んでいるものを信号に変換していて、その信号をどれだけ吸収できるかは、ニューロンのつながりを強くする神経化学物質と成長因子のバランスが正しく保たれているかどうかにかかっているのです。

 運動は、上記の物質や因子に劇的な影響を及ぼすのです。

 運動して、脳の準備をして新しいことを覚えると、脳に入ってくる刺激がニューロンの結合を強めて行き、情報が何度も通ることで強くなり、森のなかに道ができて行くのと同じことになるのです。

 

 

 

2012/01/11

ヤビツ峠

 「日本の名山 丹沢 別巻1(串田孫一ら著)」という本を図書館から借りて読んでいます。

 この中で、ヤビツ峠について書かれていますので、紹介します。

 ヤビツ峠は、小田急線秦野駅からバスが出ており、丹沢山系に行くときに良く利用する終点のバス停があるところです。

 ヤビツ峠というように、ヤビツはカタカナで書かれますが、漢字で書くと、矢櫃峠なのだそうです。矢を入れる櫃(ヒツ)の峠ということです。

 それを聞いただけでも、ここが昔の戦争と、なにか関わりがあったことが感じられます。土地の人の言い伝えによると、永禄年間に北条氏康の軍と甲州武田勢との合戦の場であったということです。

 駿河の今川義元を討ちに軍を進めた武田信玄は、織田信長が急をついて今川義元を討伐してしまったので、進軍の必要がなくなり、軍をかえして、小田原城を討とうとしたとのことです。しかし、小田原城は、堅固であり、囲みを解き、帰途についたそうです。

 これに対して、婚姻関係にあった北条氏康は、信玄の背信を怒り、兵を差し向け、逃げる武田勢を追ったとのことです。

 武田勢は、丹沢山系の甲州への通路に兵を分散させて、待ち構えていたので、三増(ミマセ)峠を初めとして、ヤビツ峠でも敵味方入り乱れての合戦となったそうです。そして、結局は、武田勢の策謀にのせられた北条方の敗北となって、多くの犠牲を払わされてしまったということです。

 ところで、大山の山頂には、後期縄文土器や土師器が埋めてあって、縄文文化期以降には、古代人の自然信仰の聖域となっていたそうです。この大山の近域の峠越しにも神信心がわかないはずはないそうです。

2011/12/25

身体に不可欠な栄養素、ミネラル

 「トコトンやさしいミネラルの本(谷越欣司著)という本を図書館から借りて読んでいます。

 ミネラルは、五大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミン類)の一つに数えられています。

 カルシウムは、ミネラルの代表であり、全体重の1.5%に及び、リンの1%とともに他のミネラルを圧倒しています。

 ミネラルの主な働きは、第一に歯や骨格などの人体構成材料のはたらき、次に、身体の発育、新陳代謝をつかさどる「ホルモン」としてのはたらき、三番目として神経細胞膜を包む体液に溶けて「イオン化して」活躍するはたらきなどがあります。

 カルシウム

 カルシウムは、その99%がリン酸塩、炭酸塩、フッ化物として歯や骨格に存在し、残りの0,9%が筋肉や神経系に、さらに0.1%が血液などの体液に分布しています。そこで、カルシウムが欠乏すると、これらに影響がでてきます。

 マグネシウム

 マグネシウムは、カルシウムと同様に、その70%が歯や骨にあり、カルシウムやリンと複塩を構成しています。残りは、軟組織や髄液、その他血球や筋肉の細胞内に分布しています。そこで、マグネシウムが欠乏すると、これらに悪影響が生じます。

 リン

 カルシウムに次いで2番目に多いのがリンです。リンは、その80%が歯や骨に使われており、リン酸カルシウムとして存在し、残り20%が神経、筋肉などに使われています。生命単位の細胞は、遺伝子(核酸)によってコントロールされますが、その実行者はタンパク質であり、この実行には、エネルギーが必要です。このエネルギ゙ーはATP(アデノシントリフォスフェート)で供給されます。リンは、核酸とATPの主要成分であり、さらに細胞膜もリンを含んだ脂質が使われています。リンは、最も生命に近い存在ということができます。

 ナトリウム

 ナトリウムの主な役割は、細胞外液の酸、塩基のバランス維持、緩衝作用の主要因子としてのはたらきがあり、細胞外液には食塩、炭酸水素ナトリウムとして存在します。その他は、体液浸透圧の維持、神経の刺激伝達などがあります。

 ナトリウムの神経刺激伝達に関しては、神経細胞膜を通して細胞の外にあるナトリウムイオンと内液に溶けているカリウムイオンが入れ代わり、そのときに電気的変化が生じ、軸索を介して神経伝達が行われます。

 カリウム

 血液のナトリウム濃度が上がり、正常値の三倍になると、心臓が停止します。カリウムは、命に直結したミネラルなのです。カリウムは、細胞や体液にカリウムイオンとして存在し、その許容量が他のミネラルに比べて、きわめて狭いのが特徴です。

 鉄

 鉄は、その70%が赤血球のヘモグロビンに含まれ、酸素運搬の働きをします。

 このほか、各種のミネラルが必要です。

 

2011/12/05

第7回はだの丹沢水無川マラソン大会

 第7回はだの丹沢水無川マラソンに、昨日、12月4日に参加してきました。

 昨日は、7時半ごろに自宅から秦野中央運動公園に出かけました。マラソンに参加するのに歩いて行くのは、初めてのことです。私と息子がハーフマラソンに参加し、妻が5キロマラソンに参加し、最速の娘が応援でした。

 総合体育館で受付を済ませ、近くの陸上運動競技場内の応援席でTシャツにゼッケン番号を取りつけ、シューズにランナーズチップを取りつけて、準備を済ませました。

 Tシャツは、長袖を用意しましたが、天気が良くて温かくなったので、まくりあげて半袖状態でした。準備ができたので、陸上競技場内を軽くジョギングして、トイレを済ませました。ランナーが少なく、トイレが使用しやすい状態だったのは、非常に嬉しいことでした。

 その後、スタート地点へ移動すると、すでに多くのランナーが並んでいました。少し遅い状態でした。スタートは、A~Eブロックに分けられており、私は最後のEブロックでした。このマラソンには、制限時間が設定されており、グロスタイムで計測されますので、最後のブロックは、不利なスタートでした。

 スタートは、9時で、スタート地点までのロスタイムは、2分位でした。参加人数が3600人位でしたので、ロスタイムは少ないということです。

 スタートは、水無川の上流側に上り、折り返して下って、5キロ地点の制限時間が30分でした。私にとっては、かなり厳しい制限時間でしたが、無事通過できました。練習のときには、上りは、苦しかったのですが、大会では気楽に足が進み、追い越せる状態でした。下りは、得意の状態なので、最初の制限時間は問題なく、通過できたようでした。

 その後は、10時40分までに吊り橋辺りに行く制限時間は、大変でした。次々と登り坂が現れるので、苦しく、坂の傾斜度もすごいところが次々と現れました。上りだけでなく、下りも入っており、足には、大きな負荷を大きな変化で加えるので、疲れる人が多くなり、私も走り続けることができず、時に歩きが入ってしまいました。

 歩くと、抜かれるので、また走りだし、追い抜きをして、やっと制限時間の計測地点に着き、無事通過できました。吊り橋も走ることができ、安堵しましたが、そこからが大変でした。足の引き攣りが生じてフェンスに寄りかかってしまいました。しばらく休んでストレッチして走りだすと、元に戻ることができました。

 下り坂は、私にとっては、得意の方ですので、気楽な状態となり、追い抜きが可能となりました。途中で交通規制が終了したので、ジョギング道路に移り、下りましたが、別に問題はありませんでした。

 スタート地点付近に戻り、引き返して陸上競技場の外周を回って、陸上競技場内に入ってゴールすることができました。実は、それまで、時計を全く見ていませんでした。時計を見ても速度を変える能力がなかったのです。

 ゴールして驚いたことに、フィニッシュ制限時間の2時間20分を軽く切る時間で走っていました。今年の前のハーフマラソンでは、グロスタイムで2時間22分でしたから、はだのマラソンでは、明らかに制限時間を超えるということでした。はだのマラソンのアップダウンのきつさを考えると、短縮不可能でしたが、それを短縮してしまったのでした。

 信じられないことが起こりました。こういうこともあるということです。

 

 

2011/12/02

DNAでたどる日本人

 「DNAでたどる日本人10万年の旅」という本を図書館から借りて読んでいます。

 DNAで日本人がどこから来たかが簡単に分かるのでしょうか。

 実は、日本人がどこから来たかが簡単には、特定できないのです。

 日本人は、世界中でDNA多様性では貴重な存在なのです。時と場所を異にして日本へ渡来してきた人で混血状態で現在の日本人が形成されているのです。

 Y染色体によるDNA多型分析によると、全世界では、次の五つのグループに分けられます。

 A系統(アフリカに固有)

 B系統(アフリカに固有)

 C系統(出アフリカの第一グループ)

 DE系統(出アフリカの第二グループ)

 FR系統(出アフリカの第三グループ)

 日本国内では、次の四つのグループに分けられます。

 C系統(C系統)

 D系統(DE系統)

 N系統(FR系統)

 O系統(FR系統) 

 したがって、日本国内でC系統、D系統、N系統、O系統の人達が時と場所を異にして渡来してきて共存しているということです。他の国では、共存状態が少ないのに対して、共存状態が持続しているという貴重な状態なのだそうです。

 均一な混血状態ではなく、日本の各地方で存在割合が異なるのだそうです。

 日本で最も頻度が高いのはD2系統なのだそうです。この系統は、新石器時代の縄文系ヒト集団に由来するのだそうです。日本列島とチベットで高い分布を示すそうです。

 これに対して、C3系統は、シベリアに高頻度で見られる亜型で、後期旧石器時代のシベリアの細石刃文化と関連するヒト集団のようです。

 N系統は、シベリア北西部と北欧に高い集積を示し、新石器時代のヒトの移動を示すようです。

 O系統は、金属時代(弥生時代)以降に日本列島へ流入した集団として想定されているようです。O2b系統は、日本列島以外では、朝鮮半島に高い集積が見られる亜型で、渡来系弥生系集団である可能性が高く、長江文明に由来するようです。

 ただし、少数で何回にも分けて日本に流入したので、言語は、流入先の言語が使用されたらしいので、日本語は、この渡来人以前のヒトの言語であるそうです。

 日本人のDNAの研究と日本語の研究とが今後の研究に残されているとは、素晴らしいことです。

 

 

 

2011/11/22

第7回はだの丹沢水無川マラソン

 第7回はだの丹沢水無川マラソン大会のナンバーカード引換券と参加ご案内が11月20日(日曜日)に届きました。

 ナンバーカード引換券には、参加種目とナンバーカードが記載されています。これには誓約書が記載されており、本人の氏名の署名と捺印が必要です。緊急連絡先の記載も必要です。

 参加ご案内には、開催日 12月4日、会場 秦野市立中央公園のほかに、交通案内が記載されていて、大会スケジュール、交通案内図などが示されています。

 大会スケジュールでは、7時から受付開始で、8時に開会式、9時にハーフマラソンの部のスタートで、9時35分に5キロの部スタートです。11時20分がフィニッシュ制限時間です。

 制限時間は、このほか、5キロ地点で9時30分、15.1㌔地点で10時40分です。

 このほか、会場案内図、駐車場案内図、コース図、コース隣接トイレなどが示されています。

 

横浜国際女子マラソンの応援

 第3回横浜国際女子マラソン(開催日10月20日)を応援してきました。

 娘が第3回横浜国際女子マラソンに一般参加者としてエントリーしており、当日に参加することが知らされていたので、娘とは別に、妻とともに電車で横浜へ行き、みなとみらい線で元町中華街まで行き、マラソンコースに行きました。

 このマラソンは、山下公園前を12時10分にスタートでしたので、予めコース途中で応援するように時間を設定して、中華街から南へ向かって歩きました。ランナーのスタート時には、小湊橋の手前でしたので、急いで歩き、小湊橋辺りで第1回目の応援をしました。

 第1回目の応援のときには、未だ、大差なくランナーが続きましたが、テレビ放送されるトップグループとその後半の選手との間には、少しの差がついていました。流石にトップグループの選手は、素晴らしい走りでした。娘を応援して南への道をコースに沿って歩き、帰りの道の長さを考えて途中で止まり、Uターンしてくるランナーを待ちました。

 このあたりでの応援者は、非常に少なく、前身の東京国際女子マラソンの応援を続けていた私たちにとっては、非常にさびしい応援者でした。しかも、ランナーと応援者との間には、空間となる中間道が作られており、規制者が入らせないようにしていました。これでは、応援者が応援してもランナーとの間に密接な交流ができない状態でした。テレビで小出監督は規制を無視してランナーに近づき、声をあげているのを録画再生で見ました。当然のことだと私は判断しました。

 帰りのランナーがきたので、第2回目の応援として、大声をあげて声援をしましたが、むなしい感じがしました。規制者は、懸命に応援者を排除することに熱中しており、ランナーの応援ではありませんでした。規制者は、規制さえすれば、成功のようなのです。困ったものです。

 次に、私たちは、横浜へ向かって帰り、さらにUターンしてくるランナーを第3回目の応援をして、続いて横浜方面に向かい、さらにUターンしてくるランナーを第4回目の応援として応援しました。

 このころには、ランナーの数が大幅に減少しており、収容車が続いているのに気付きました。この日は気温が高くなり、ランナーの記録が非常に低下していましたが、このために遅れたランナーは、次々と厳格に収容車に収容されたということです。

 これでは、トップグループのテレビ中継だけを優先して、後半のランナーは、テレビに写すこともなく、収容車に収容してマラソンを無事終了することが優先されるようでした。残念なレースでした。完走者は、ランナー102人中48人で、完走率は47%のようでした。

 自宅に帰ったあとで、テレビの録画再生で木崎良子選手と尾崎好美選手とがゴール近くまでデットヒートをして争ったことを知り、暑かったのにも関わらず、レースは素晴らしいものだったと高く評価しています。

 

 

2011/11/14

羽毛の手入れ

 「鳥の雑学事典」(山階鳥類研究所著)の紹介を続けます。

 大事な羽毛は、どうやって手入れしますか。

 鳥の羽毛は、飛行のために不可欠なのですが、羽毛はふわふわとした状態を保つことにより保温の役目を果たします。

 また、水鳥が泳ぐときに、羽毛が水をはじくので、ずぶぬれにならずに浮かんでいられるのです。

 陸の鳥でも、雨に濡れないために、羽毛が水をはじくのです。鳥の羽毛は、そういう目的に沿うような構造となっているのですが、鳥は、絶え間なく手入れをして、羽毛の性能を保っているのです。

 では、どのようにして、手入れをするのでしょうか。

 羽毛がふわふわしているためには、汚れを取ることが必要です。そこで、多くの鳥は水浴びをします。陸に住む鳥ばかりでなく、水鳥も頭を水につけ、翼も水で濯ぐようにして水浴びをします。

 キジの仲間や乾燥地帯の鳥は、水浴びの代わりに乾燥した土で砂浴びをします。べたべたした汚れなどを乾燥した土を浴びることで取り除くことができ、ふわふわした性質が戻るのでしょう。スズメなどは、水浴びも砂浴びもします。

 日光浴も大切な身体の手入れです。

 鳥も羽毛の手入れに専用の物質を使います。多くの鳥は、尾の付け根の背中側に尾脂腺という分泌腺を持っていて、羽繕いをしたときに、ここから分泌された物質を嘴や頭部になすりつけて、身体中の羽毛に塗り広げます。

 この分泌物は、脂肪酸、脂肪、蝋を含んでいて、羽毛に撥水性を与えます。

 鳥は、尾脂腺の代わりに、粉で手入れする場合もあるようです。

 サギの仲間、ハトの仲間、フクロウの仲間などでは、尾脂腺の発達が悪い代わりに、粉綿羽という短い羽毛が生えてきていて、これがぼろぼろと崩れて細かい粉になるのだそうです。

 この粉は、羽繕いによって羽毛にまぶされて、撥水性を与え、羽毛を保護すると考えられています。

 

 

2011/11/12

鳥が「なわばり」を持つわけは?

「鳥の雑学事典」(山階鳥類研究所著)の紹介を続けます。

鳥が「なわばり」を持つわけは?

ホオジロは、春になると、雄は、木立のてっぺんで胸を反らせて高らかに歌います。

この「.さえずり」を行う理由の一つは、ここが自分の「なわばり」だと周囲にアピールするためなのです。ある特定の範囲を自分のものと確保し、他のホオジロを寄せ付けないのです。

ホオジロは、同じ場所で同じようにさえずっていますが、決まってさえずる場所をソングポストと呼び、その場所を追いかけてゆくと、なわばりの範囲が分かるそうです。

では、何故、「なわばり」を持つのでしょうか。

なわばりの中で繁殖し、餌をとり、配偶者を確保し、子育てに必要な餌を確保するために、他のホオジロの侵入を防ぐと考えられています。

鳥によっては、繁殖場所の確保だけという場合もあるそうです。

多くの海鳥、カモメやアジサシの仲間は、大きなコロニー(集団繁殖地)を形成しますが、この場合でもなわばりが全くないわけではなく、巣に座った鳥の嘴が届く範囲がなわばりだそうです。

外から他の巣のヒナ鳥が迷い込んできたりすると、激しくつつき回して追い出したり、殺してしまう場合もあるそうです。繁殖場所の確保のためなのは、明らかです。

一方、餌確保のために、なわばりを持つ鳥も沢山います。

アフリカに住むキンバネオナガゴシキタイヨウチョウは、花の蜜を食べて生きていますが、約1600個の花がある範囲をなわばりにしています。これ以上の花を守ろうとすると、追い払う時間とエネルギーが大きくなり、これ以下の花の数では、十分なエネルギーが得られません。餌の確保を目的に、最も経済的な範囲をなわばりを持っているわけです。

日本に住むモズが秋に高鳴きしているのは、餌確保のなわばりを守るためです。

多くのモズは、高緯度地方か標高の高いところで繁殖なわばりを持ち、繁殖が終わると、越冬のために低地に下りてきて、別のなわばりを持ちます。このように、繁殖地と越冬地の双方でそれぞれなわばりをつくる鳥もいます。

2011/11/01

オシドリのつがいは、本当に「おしどり夫婦」か

 「鳥の雑学事典(三階鳥類研究所著)という本を図書館から借りて読んでいます。

 オシドリのつがいは、本当に「おしどり夫婦」か?

 仲の良い夫婦のたとえとして「おしどり夫婦」という言葉があります。

 しかし、オシドリの夫婦がぴったりと寄り添っている様子が見られますが、他の雄にちょっかいをだされないようにするために、雄が雌から離れずにガードしているのだそうです。

 鳥は、他の哺乳類と違って、90%以上の種で一夫一妻だそうです。なお、哺乳類は、主として一夫多妻だそうです。

 一夫一妻とは、生物学的には、一生同じつがいでいることを意味しているのではなく、一回の繁殖中に一羽の雄と一羽の雌がつがっていることを意味しています。

 つばめも典型的な一夫一妻だそうです。ヒナが孵ると、一羽の雄と一羽の雌が餌を運んできます。

 しかし、産まれた5羽のヒナのすべてがそのペアの子であるとは限らず、ヒナのいくつかは雌の浮気によって生まれた子である可能性があるそうです。雌は、病原体に強い(尾の長さが長い)雄と交尾する可能性があるようです。

 このように、一夫一妻が多いのですが、場合によっては、浮気があったりするようです。

 モズも一夫一妻であるとされていますが、巣の中のヒナの血液と餌を運ぶ雌雄の血液を採ってDNA鑑定をすると、雄と異なるヒナの存在が明らかになったそうです。

 多くの鳥でこのような例が見つかっているそうです。

 したがって、つがいが決まった雄は、自分の子供を産んでもらうために、ぴったりくっついて他の雄が近づかないようにするしかないということです。

 オシドリの場合には、雄が子育てをしないのだそうで、雌を防御すべき期間が終わったら、どこかへ行ってしまうので、到底、仲のよいおしどり夫婦ではないようです。

 

 

2011/10/25

諏訪湖マラソンを完走しました

 10月23日の日曜日に諏訪湖マラソンに参加し、完走してきました。

 諏訪湖は、関東からは少し離れており、そのマラソンに参加しようとは、思っていませんでしたが、諏訪湖マラソンに毎年参加しているクラブがあり、そのクラブに登録しておけば、マイクロバスで往復してもらえるとのことで参加できた次第です。

 上記のクラブは、秦野市諏訪湖マラソンを走る会です。エントリーは、各自任せですが、エントリー後は、マイクロバスに乗せてもらって、諏訪湖まで連れて行ってもらい、受付も一緒に済ませ、宿も手配済みで、温泉、食事も皆と一緒に済ませ、休むこともできました。

 翌日は、10時スタートですので、8時ごろに食事を済ませ、宿を出て歩いて会場に着き、グループで敷布に座り込んで、スタートを待つことができました。

 会員は、40代が中心ですが、70歳代が二人(私も)とは、素晴らしいことでした。

 諏訪湖マラソンは、受付でもらったゼッケンとランナーズチップで行われることは、普通のマラソンでした。しかし、ゼッケンがそれぞれのブロックごとに異なる着色がなされていることでした。

 私のブロックは、後ろから2番目ですが、青色の着色でした。この色を見れば、予想時間が遅いことが分かるということです。私は、このグループでスタートしてもゴールでは他のグループに入り込んでいることを目標に走りました。

 でも、ゼッケンは、前に1枚だけなので、後ろからは、全く見えず、追い抜きの役にはたちませんでした。

 スタートは、速度調整して、イーブンペースを守り、しばらくして安定化してから、遅い人を少しずつ抜き始め、イーブンペースを維持しました。しかし、中間以後には、少し抜いているにもかかわらず、スピードが落ち、イーブンペースが維持できなくなり、失速してしまいました。

 2時間を軽く超えてしまい、高齢者であることが証明されてしまいました。年齢には、誰も勝てないのです。でも、高齢者でも、高齢の記録低下を遅らせることは可能です。これを狙ってできるだけ長く継続することが重要なのです。

2011/10/16

電磁調理器のしくみ

 {身近なモノの100不思議}(左巻健男著)の紹介を続けます。

 電磁調理器のしくみ

 電磁調理器では、熱くないプレート上になべを置くと、なべだけが熱くなり、調理ができます。

 では、どういうしくみでなべを熱くしているのでしょうか。

 電磁調理器は、ファラデーの法則とジュールの法則とを応用した調理器具なのです。

 ファラデーの法則によると、巻いた電線の中に棒磁石を出し入れすると、電線に電流が流れます。

 ジュールの法則によると、電気抵抗に電流を流すと、電気抵抗は熱を出します。

 二つの法則から、熱を得るためには、動く磁石と電線と電気抵抗が必要です。

 電磁調理器の中には、動く磁石の代わりに電磁石が入っています。電磁石のコイルに交流電流を流すと、電磁石から出る磁力線は強くなったり、弱くなったりを繰り返すので、磁石を出し入れするのと同じ効果が得られます。

 金属製のなべは、電線と同じように電流を流します。

 電気抵抗の代わりは、どうすればよいのでしょうか。

 鉄製のなべを使用すれば、良いのだそうです。鉄は、丁度良い電気抵抗があり、しかも電流も通します。

 では、電磁調理器で調理をしてみましょう。

 本体の電源を入れると、プレートの下にあるコイルに交流電流が流れます。

 そうすると、プレートの上部には、強さが変動する磁力線が生じます。

 プレートの上に鉄製のなべを置くと、前記磁力線がなべを通ります。

 すると、ファラデーの法則によって、なべにたくさんの渦状の電流が流れ、鉄製のなべには電気抵抗があるので、ジュールの法則によって熱が発生します。

 この熱によってなべの中の料理が加熱されるのです。

 電磁調理器には、多数の利点があります。

 なべを直接加熱するため、熱効率が良いことです。

 間接的に加熱する場合には電気効率が50%程度なのに比べて、電磁調理器の電気効率は、80%以上です。また、火を使わないので、引火や立ち消えがなく、酸欠の心配もありません。

 しかし、使えるなべが限られていることに要注意です。

 

2011/10/02

電子レンジのしくみ

 「身近なモノの100不思議」(左巻健男著)という本を図書館から借りて読んでいます。

 電子レンジのしくみ

 電子レンジは、密閉された箱lの中で高い周波数の電波を発振器から発生させて食品に照射するものです。

 では、何故、食品に電波を照射するだけで、加熱されるのでしょうか。

 食品内には、水分子が存在し、この水分子が高い周波数の電波をうけて、動くのです。

 水分子は、プラスとマイナスとの極をもっており、電波の強力な変化のたびにひっくり返り、激しく動くのです。

 水分子が激しく動くということは、水の温度が高くなるということなのです。

 水分子以外のものも影響をうけますが、水分子が最も影響を受けるのだそうです。

 食品の加熱は、これまでは、外側から行われていましたが、電子レンジでは、食品中の水分子に作用するので、食品の中から加熱されるのです。加熱ムラが少ないのです。

 では、電子レンジにターンテーブルが必要なのでしょうか。

 レンジ内では、均等に加熱されるように設計されていますが、庫内の壁に電波を反射して照射しているため、加熱しやすい向きと加熱しにくい向きとができるのだそうです。

 そのため、テーブルを回転させると、均等な加熱ができるということです。

 次に、電子レンジのドアは、何故、見にくいのでしょうか。

 電波がガラス窓を透過すると、人体に悪影響を及ぼすので、小さな穴を多数開けた鉄板を使用しているのだそうです。この小さな穴は、電波の波長に比べて小さな穴であって、多数開けてあるので、電波は漏れず、中が見えるのだそうです。

 

2011/09/22

第23回諏訪湖マラソン

 諏訪湖マラソンの参加通知書・ナンバーカード引換券と参加者案内が今日届きました。

 今年6月1日にインターネットでRUNNETにエントリーして、参加料を支払っていたものです。

 ナンバーカード引換券には、種目名 男子60歳以上 とナンバーカード番号と誓約書が記載されています。

 誓約書は、参加者が主催者側に誓約するもので、住所氏名を記入し、捺印するようになっています。

 これは、選手受付の日に持参して、ナンバーカードとランナーズチップを受け取るためのものです。

 このマラソンは、10月23日の開催ですが、選手受付は、前日の13.30~18.00又は当日の7.00~9.40です。

 私は、このマラソンに参加するために手配されているバスに乗って前日に会場に行きますので、選手受付には、余裕を持って行けるようになっています。

 このハーフマラソンの制限時間は、2時間40分となっていますので、制限時間内にはゴールできるはずです。私には、記録は問題ではなく、完走が目標なのです。

 このマラソンでは、ナンバーカードには色彩が付けてあるそうです。色ごとにブロックが決められており、一目で適正なブロックからスタートしているかが分かり易くなっています。

 私のブロックは、最後から一つ前のブロックです。したがって、高齢者の私の目標は、完走し、かつナンバーカードより前の順位でゴールすることです。

 このマラソン開催日は、1カ月後ですので、これからは、気温が下がり、走り易くなるので、これからのジョギング練習が重要ということです。

 

 

2011/09/21

高齢者に副作用が出る理由

 [薬の効き方・飲み方・使い方](越前宏俊著)という本の続きを紹介します。

 高齢者に副作用が出る理由

 1970年代に「ベノキサプロフェン」という慢性関節リウマチなどに使う消炎・鎮痛薬がイギリスで開発されました。持続性が長く、ベストセラー商品となったそうです。

 しかし、高齢者に副作用が生じて市場から姿を消しました。

 何故、高齢者に副作用が生じたのでしょうか。

 血液は、体内の薬物流通の主役であり、薬物の血液中の濃度を測定すれば、各臓器へ輸送される薬物の量と、その薬物の体内処理状況を把握できます。

 ベノキサプロフェンにより、肝臓や腎臓に副作用が発症した高齢者の血液中で測定された薬物濃度から推測すると、高齢者での体内の蓄積は、40才以下の青壮年と比べて約3倍も高かったのです。

 では、何故、高齢者では、この薬は、体内蓄積が過剰となったのでしょうか。

 まず、この薬は、腎臓で体外に除去されるタイプだったのです。

 腎臓の機能は、30歳前後をピークとして年齢に比例して、10年間で約10%ずつ低下します。これは、薬の体内流通から考えると、重大なことなのです。

 腎臓で尿へ処理除去される薬に限って言えば、腎臓の薬物処理能力が約半分に落ちているので、高齢者が若い人と同じ量の薬を飲めば、身体に蓄積される薬の量は約2倍になるのです。

 70歳以上の高齢者は、腎臓の薬物処理能力の観点から見れば、腎不全予備軍なのです。

 そこで、新たに開発される新薬で、高齢者が服用すると予想されるものについては、特に腎臓で処理される薬については、高齢者の場合、体内流通状態が臨床上、問題になるかどうかを検討した臨床結果を提出することになっているそうです。

2011/09/12

薬の飲み合わせ

 {薬の効き方・飲み方・使い方}(越前宏俊著)という本の続きを紹介します。

 薬の飲み合わせに注意しょう

 Sさんは、風邪を引き、安静にしていたが、回復しないので、医師に診てもらうと、細菌性気管支炎とのことで、抗生物質が必要なので、薬をもらい帰宅して飲んだそうです。二日たっても治らないので、病院で再診を受けたのです。

 Sさんは、抗生物質と合せて胃薬(胃酸を中和する制酸薬)を飲んでいたのです。この胃薬は、胃炎の治療で以前に同じ医師からもらっていたものです。この抗生物質とこの薬とは、飲み合わせが良くなかったのです。

 ここで、問題となった抗生物質は、「ニューキノロン系」と呼ばれる薬物の一つです。この薬は、多くの細菌に効果があり、副作用も比較的少ないので、外来での感染症治療などに広く利用されています。

 しかし、ニューキノロン系の薬の消化管からの吸収は、胃薬、特に水酸化アルミニウムやマグネシウムを主成分とする胃酸中和剤(制酸薬)や貧血の治療に用いる鉄剤と一緒に飲み合せると、吸収が極端に悪くなる性質があるそうです。

 腸のなかで制酸薬や鉄剤の金属イオンとニューキノロン薬が結合して吸収されにくい形となるのです。

 薬効濃度は、抗生物質だけの場合の1/3ないし1/10に減ってしまうそうです。

2011/09/07

薬の効き方・飲み方・使い方

 「薬の効き方・飲み方・使い方」(越前宏俊著)という本を図書館から借りて読んでいます。

 降圧剤を1か月前から飲み始めたTさん(50才)の話

 日曜日にグレープフルーツジュースを飲んで食事し、降圧剤を飲んだそうです。頭がふらふらし、顔が真っ赤になったので、血圧を測ると、最高血圧100mmHgで、最低血圧60mmHg

と、いつにない低い値でした。

 小一時間ほどじっと横になっていると、血圧も戻り、症状もなくなったそうです。

  ・薬とジュースの飲み合わせ

 これは、最近、知られるようになった、降圧剤とグレープフルーツジュースとの相互作用の典型例だそうです。

 グレープフルーツジュースによって、降圧剤の効果が増強されたため、血圧が下がり過ぎ、頭がふらふらしたり、薬の血管拡張作用によって顔が紅潮したのだそうです。

 降圧剤には、作用の異なる様々なタイプのものがあるので、すべての降圧剤でこのような相互作用が起こるのではなく、カルシウム拮抗剤のうちの、特に「ジヒドロピリジン系」と呼ばれる種類の薬をグレープフルーツジュースと飲むと、起きることが知られているそうです。

  ・ 相互作用の起こる理由

 何故、この相互作用が起こるのでしょうか。

 グレープフルーツジュースには、「フラボノイド」が含まれていて、これが、最近の研究によると、カルシウム拮抗剤が分解されるのを妨害するのだそうです。この薬の分解効率が悪くなり、身体にたくさん入ることとなるそうです。

  ・ こうすれば大丈夫

 この相互作用を避けるためには、ジュースとして、オレンジジュースを飲めば良いそうです。このジュースには、フラボノイドが含まれていないからだそうです。

2011/09/01

高血圧よりも降圧治療が危険

 [メタボの罠]「病人にされる健康な人々」(大櫛陽一著)という本の続きを紹介します。

 高血圧よりも降圧治療が危険

 2003年度のデータでは、成人の約20%が血圧を下げる薬を飲んでおり、その比率は、年齢とともに上昇し、70才以上では、46.5%になっているそうです。このような大量な処方が必要なのでしょうか。 基準を厳しくすれば、患者数が増え、薬剤使用量が増大します。

 ところが、これらの患者の多くは、無症状であり、将来の心血管系疾患の予防として血圧降下剤が処方されています。少ないとはいえ、副作用のある薬剤を処方するについては、予防効果に対するエビデンスが必要です。しかし、一般住民、特に高齢者に対するエビデンスは、ほとんど存在せず、むしろ否定的なエビデンスが多いのだそうです。

 血圧は、年齢に伴って上昇するのだそうです。生体にとっては、必要な変化なのです。

 人間の脳は、心臓よりも上にあり、脳に酸素や栄養分を送り届けるための血圧が必要なのです。加齢に伴って血管の弾力性が少なくなることは、避けられないため、血圧が上昇するのです。

 血圧が高すぎると、血管が破れて出血すると言われていましたが、栄養状態がよくなった現代では、185mmHgまで破れないとされているそうです。

 薬剤の市販後の調査研究として行われた研究で、血圧を下げ過ぎると、脳梗塞および死亡率が上昇することが判明したそうです。このような研究では、5年以上追跡されるそうですが、薬剤の副作用が判明したため、2年間で中止されたようです。

 本来は、血圧の高い人が高血圧治療を受ける必要があり、受けなかった人より死亡率が低くなるべきですが、血圧レベルの高い人ほど高血圧治療により死亡率が高くなるという皮肉な結果となっています。これは、血圧レベルの高い人では、最近の降圧目標値が低すぎるため、無理な治療が死亡率を高めている可能性を示しているようです。

 血圧レベルと疾患の発生率や死亡率を比較すると、血圧の高い群で疾患の発生率や死亡率が高いそうです。これは、血圧の高い群には、高齢者が多く含まれるからのようです。

 高齢者に対する研究では、若い人よりも、リスクとなる血圧レベルがかなり高く、むしろ低い血圧レベルの人がリスクとなることが報告されているようです。

 高血糖についても、同様の傾向は、ないでしょうか。誰か研究してもらえませんか。

2011/08/28

メタボの罠ー病人にされる健康な人々

 [メタボの罠] 「病人」にされる健康な人々(大櫛陽一著)という本を図書館から借りて読んでいます。

 メタボリックシンドロームという嘘

 2006年にメタボリックシンドロームの診断基準となる数値が発表されています。

 ウエスト径 男性 85㎝以上、女性 90㎝以上 の数値では、世界基準との違いは、男性が女性よりも小さいことだそうです。これでは、中年男性の過半数が該当することになります。

 メタボリックシンドロームを撲滅すれば、医療費が2兆円削減されると、厚生省は、計算しているそうです。しかし、その実態は、健康な人がメタボリックシンドロームという病に仕立てあげられて、無駄な診療行為がなされるだけなのです。新たな検診によって、医療費がさらに5~6兆円増加し、そのしわ寄せとして必要な医療が削減される恐れがあります。

 特定検診の裏の顔は、受診や薬剤依存への誘導のように思われます。医療費削減を叫ぶ厚生労働省が、なぜ医療費増につながる政策を進めているのでしょうか。その理由は、厚生労働省と製薬会社との密接な関係に起因していると考えざるを得ないということです。

 日本版メタボリックシンドロームの提唱者が教授をしていた医学部第二内科の奨学寄付金は膨大な額であり、そのほとんどが製薬会社であったそうです。メタボリックシンドロームのパンフレットに関与した臨床学会が行う学術大会のスポンサーは、製薬会社だそうです。

 「ちょいメタ」(小太り体型)は、「非メタ」(スマートな体型)よりも死亡率が低いそうです。

 男性では、「ちょいメタ」の死亡危険度は、「非メタ」の0.47倍だそうです。

 女性では、「ちょいメタ」の死亡危険度は、「非メタ」の0.75倍だそうです。

  米国の最近の研究では、小太り体型のBMIが25~29.9の人が最も死亡率が低く、、死亡率が急激に上昇するのはBMIが35以上の人だそうです。日本では、BMIが25以上を肥満とするが、欧米では、BMIが30以上を肥満とするそうです。

2011/08/22

丹沢は、昔、火山だった

 「丹沢自然ハンドブック」(古林賢恒編)という本の紹介を続けます。

 丹沢は、今では、1500mクラスの山地ですが、昔は海底火山のようなものであったということです。

 その証拠と地層について触れます。

 丹沢を主に作っている地層は、丹沢層群という火山噴出物を主体とする岩石からできています。

 この丹沢層群は、1700万年前に堆積を始め、1150万年前までに、550万年の歳月をかけて堆積したと考えられています。丹沢層群の見かけの厚さは、およそ8000mにも達するそうです。

 地層の年代は、ナノ化石や放射能元素の壊変によって測定しますが、ここで、ナノ化石とは、石灰質の殻をもつ原生動物の化石です。ナノ化石が産出するということは、かつては海底だったということです。

 丹沢層群は、地層を構成する岩石の特徴から、塔ケ岳亜層群、大山亜層群、煤ケ谷亜層群の三つの地層に分かれています。

 塔ケ岳亜層群は、最も古い地層であって、丹沢湖周辺~檜岳~蛭ケ岳にかけて半円状に位置しています。この層群は、主に火砕岩と玄武岩の枕状溶岩から構成されています。枕状溶岩とは、玄武岩マグマが水中で枕のような楕円状に冷え固まったものです。枕状溶岩の存在は、かつて、この地域で海底火山活動が起こった証拠だそうです。

 大山亜層群は、次に古い地層であって、安山岩質又は玄武岩質の火山角レキ岩から構成されています。この層群は、塔ケ岳層群を取り巻くように、同心円状に分布しています。不老山や大野山、三ノ塔、大山がこの層群に属しています。

 最上部の煤ケ岳亜層群は、火砕岩や泥岩、火山性の砂岩から構成されています。この層群は、大山層群を取り巻くように同心円状に分布しています。

 大山亜層群の上部と煤ケ岳亜層群には、ナノ化石が産出されています。

 丹沢では、サンゴ礁も見つかっており、これも、昔、海底であった証拠です。

 

2011/08/15

プレートテクトニクスから見た丹沢

 「丹沢自然ハンドブック」(古林賢恒編)という本を図書館から借りて読んでいます。

 プレートテクトニクスから見た丹沢

 先ず、プレートテクトニクスとは、なにでしょうか。

 これは、地球の表面が十数枚の固い岩の板(プレート)によって別れていて、それらが水平に移動するという考えだそうです。

 プレ-トは、マントル深部から高温の物質が上昇してくる海嶺で作られるのだそうです。そして、1年間に数㎝の速度で移動し、衝突して、やがて海溝の下に沈み込むのです。沈み込む海溝付近では、沈み込むプレートが原因で、マグマができやすく、火山が多いのです。

 日本は、四つのプレートの境界に位置しており、日本の関東甲信越側が北米プレートに乗っており、中部関西側がユーラシアプレートに乗っており、太平洋側には、太平洋プレートとフィリピン海プレートがあるそうです。

 丹沢と伊豆諸島にかけては、北米プレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、さらにその下に太平洋プレートが沈み込むという三つ巴の複雑な構造になっているそうです。三重点と呼ばれる地域は、世界中でもここだけです。

 丹沢は、現在では、北米プレートの南端に乗っていますが、昔はフィリピン海プレートの北端に乗っており、現在よりも南にあったそうです。現在のように、高い山ではなくて、一部が海面から頭を出すような海底火山だったようです。

 丹沢は、フィリピン海プレートの移動に伴い、北上し、北米プレートの下に沈みこむはずが、沈み込むことができず、北米プレートの南端に付着して乗ったようです(誰か見てきたのかな?壮大な推理!)。丹沢は、地球的規模からすると、付着物?にすぎないようです。

 現在の伊豆半島もフィリピン海プレートに乗って南の海からやってきたそうです。伊豆半島が衝突(付着)したのは、丹沢の場合よりも新しく!,100万年前だそうです。

 相模トラフ~国府津ー松田断層~神縄断層~駿河トラフにかけての断層が現在のプレートの境界と考えられています。

 

 

 

 

2011/08/07

風力発電の弱点

 8月6日付けの朝日新聞には、風力発電の紹介がありました。

 風力発電は、世界的に見ても、クリーンエネルギーとして期待され、急速に導入が進んでいるとのことです。

 しかし、日本では、日本全体の総発電能力の1%にもみたないのだそうです。

 この発電の仕組みは、単純ですが、安定した電気を得るのが難しく、風力は、やっかいなエネルギーなのです。

 羽根は、3枚が一般的で、枚数が増えると、重くなり、材料費も増えます。

 逆に、羽根を減らすと、騒音が生じます。

 そして、強風は、風車にとって大敵なのです。羽根が折れたり、倒壊してしまいます。

 風車には、最も効率のよい定格出力が決まっているのです。それ以上、強い風が吹くと、羽根の角度を変えて出力を逃がしてしまうのだそうです。

 また、雷の被害もあるそうです。

 日本は、山岳地帯が多く、風が欧米に比べて安定していないのです。

 色々と問題があるようです。

 今朝の朝日新聞には、菅総理の昨日の[脱原発]あいさつは控えめとの批判が載っていました。

 私には、分からないのです。総理の発言も、それを批判する朝日新聞の考え!も分からないのです。どれが正しいのでしょうか。誰も分からないのだと思います。

 基本的に、技術の勉強が必要なのではないでしょうか。

 コメントをありがとうございました。

 

 

2011/08/03

野山の植物かぶれ

 「神奈川の自然をたずねて」という本を図書館から借りて読んでいます。

 野山の植物かぶれについて書いてあります。

 ハイキングや自然観察などで気付かずに触れてかぶれることがあります。

 このかぶれは、皮膚や粘膜に炎症を伴い、かゆかったり、水泡ができたりします。

 皮膚炎の程度は、個人差があって、全くかぶれない人もいるそうです。実は、私は、植物かぶれを嫌って、避けるようにしているので、野山に行っても植物かぶれの経験がないのです。全くかぶれない人なのかもしれませんが、確かめたくはありません。

 ウルシ科には、ヤマウルシ、ツタウルシ、ヤマハゼ、ヌルデ等がありますが、これらの樹液には、ウルシオールが含まれており、この成分は刺激作用が強く、かぶれを起こします。

 では、ウルシオールとは、なんでしょうか。

 この化合物は、べンゼン核の側鎖にOH基2つとR基一つがついたものです。ここでR基は、飽和結合または不飽和結合を含む炭化水素群です。この炭化水素群は、分子量の異なる多数の化合物の混合物だそうです。

 発疹の出方は、側鎖R基の不飽和度に依存するそうです。

 飽和側鎖のウルシオールにかぶれる人の割合は、半分以下ですが、不飽和のウルシオールにかぶれる人の割合は、90%以上だそうです。色々と研究しているのですね。全くかぶれない人もいるということです。

 触れたところを良く水洗いし、抗ヒスミン剤含有ステロイド軟膏を塗り冷やすのが良く、かゆくても、かいたりせず、早めに病院で診察を受けることが勧められています。

 ウルシ科以外の植物でも、トウダイグサ科ノウルシ、タカトウダイやケシ科クサノオウの液に触れると、うるしかぶれのような症状が出るそうです。

 これらの成分は、ウルシオールではなくて、トリテルペン類、トリテルペノイド類、アルカロイド類だそうです。

 野山に出たら、知識のない植物に触れたり、口に入れたりしないことです。皮膚を露出しないように長袖、長ズボン、運動靴が基本スタイルです。

 

 

2011/07/27

病気の本当の治し方

 「病気の本当の治し方」(世古口裕司)という本を図書館から借りて読んでいます。

 目からうろこの「身体の真理」が書かれています。

 下痢や咳、くしゃみ、発熱、出血、痛みは、何故おこるのでしょうか。

 自然修復現象なのです。  

 治るために必要だからなのです。

 発熱は、身体の消毒であり、ウイルスや細菌は、高温に弱いのです。

 咳は、肺の運動なのです。

 くしゃみも身体の自然調節法なのです。

 出血は、身体が良くなるための大掃除であり、自然修正法なのです。

 痛みは、養生の要求をしているのです。

 これらは、身体が選択している回復のために必要なことであり、最良の選択なのです。

 薬を使用して症状を先送りすることはないのです。

 それに薬には、副作用があります。

 薬については、薬剤師は、勉強するけれども、医者は比較的、勉強しないのだそうです。

 医者の方が薬剤師よりも勉強する必要がありそうです。

 病気とは、気の病であり、心の病なのです。

 先人たちは、「病気を診る事なかれ、病人を診よ」と言われてきたそうです。

 現在は、どうも、病気だけを治そうとする傾向があるようです。

 

2011/07/13

神奈川県の地質、岩、石ころ

 「石ころは語る」(秦野地学研究会)」という本を図書館から借りて読んでいます。

 川原の石ころは、上流から運ばれてきたもので、上流の山などは、川原の岩石でできていると言えます。

 そこで、川原の石ころを観察することによって、上流の山などがどのように形成されたかを知ることができます。

 黒っぽい石ころが多い相模川とごま塩のおにぎりのような石が多い酒匂川とでは、石ころの様子がかなり違うのは、上流の山などの地質が違うからです。

 相模川は、山中湖から神奈川県の中央を流れている川です。本流の桂川は、富士山の玄武岩や相模湖近辺までの泥岩や砂岩の石ころを供給し、支流の道志川は、西・裏丹沢の緑色ぎょうかい岩、石英せん緑岩の石ころを供給し、中津川は、丹沢の中心部から流れているので、緑色ぎょうかい岩を中心とした石ころを供給しています。

 相模川の石ころは、ほとんどが海底に堆積した火山灰・泥・砂が数十万年かけて固まり、かたい岩石となったものです。推測不能な長期間ですね。

 かつて、神奈川県全体は、海の底だったことが推定されるとのことです。

 酒匂川は、西丹沢に源を発する川で、丹沢山地の生い立ちを知る様々な岩石を見ることができます。

 これらの岩石としては、丹沢の基盤岩である緑色ぎょうかい岩(1500万年前に海底火山により堆積したもの)のほか、緑色ぎょうかい岩に貫入した石英せん緑岩、貫入したときの熱や圧力により変性を受けたホルンフェルスや大理石があります。また、山地が風雨の浸蝕により運搬されて堆積した礫岩や砂岩等が見られます。

 水無川や四十八瀬川などは、丹沢山地の南側に源を発する川ですが、この河川の礫は、ほとんどがぎょうかい岩で、一部に火成岩も見られます。

 この地域の地質は、丹沢層群に属し、四十八瀬川の上流は、塔ケ岳亜層群で、水無川、葛葉川、金目川の上流は、大山亜層群です。いずれも、緑色ぎょうかい岩からなりますが、これは、今から1500万年前の海底火山の噴火により、火山灰、火山礫などの砕屑物が厚さ1万mとなり,固まって岩石となったものです。

 火山灰の粒子の細かさの程度や火山砕屑物の大きさ、混合割合などにより、さまざまな岩相のぎょうかい岩が見られます。

 火成岩としては、安山岩や半深成岩の輝緑岩が見られます。

 

2011/07/08

神奈川県の活断層

 前回の「神奈川自然誌」の紹介を続けます。

 神奈川県は、西部域にプレートの境界が走っているため、地震の巣の上に位置しているそうです。

 活発な地殻変動を反映して地震を引き起こす断層(活断層)が、関東地方で最も多く分布しているそうです。何時、地震が起きるかもしれないのです。

 主な活断層としては、次の断層が知られています。

 ・神縄(かんなわ)・国府津ー松田断層帯

 ・渋沢断層

 ・秦野断層

 ・伊勢原断層

 ・三浦半島北断層群(衣笠断層、北武断層、武山断層)

 ・三浦半島南下裏断層、引橋断層)

 ここでは、秦野近辺の三つの断層について簡単に触れておきます。

 神縄・国府津ー松田断層群は、25kmのほぼ南北に連なる断層で、その活動度はA級で、日本列島でも最大級だそうです。相模トラフから沈みこむフィリッピン海プレートと密接に関係しています。

 断層の平均活動間隔は、1000年位と推定されており、近い将来(数百年以内)に活動する恐れがあるそうです。私の年齢では、生きて経験できそうにないようです。

 渋沢断層は、秦野盆地の南側に東西に約8㎞にわたる断層で、私は、常時、この断層の上に作られた道路を上り,下りしています。この坂道を断層とは知らず、渋沢丘陵は小高くて細長い小山が連なっているものだと思っていました。この断層は、大磯丘陵の北縁であり、本来はこの北縁が北側に上方に向けて突き出した逆断層だそうです。しかし、実際には、上方に突き出した状態は、不安定であり、落下して、現在では、当然に安定状態に変形しており、逆断層とは思えない状態です。

 渋沢断層の南には、中井町、二宮町、平塚市、大磯町などがありますが、これらは、地質学上はすべて大磯丘陵と呼ばれています。ずっと以前には、海だったところが丘陵となったということです。

 秦野丘陵は、葛葉川と金目川に挟まれた地域に秦野断層が認められています。この断層は、五つの断層群に細分化され、逆断層だそうです。

2011/06/24

丹沢山地の生い立ち

 「神奈川自然誌」という本を図書館から借りてきて読んでいます。

 丹沢山地は、神奈川県の自然にとっては、重要な位置を占めています。東京や横浜から車で1時間半のところであって、見た目には、以前と変わらない丹沢の自然環境が時代の変遷の中で大きく変化、劣化しています。

 丹沢の生い立ちについては、次のようなことが書いてあります。

 丹沢山地は、太平洋の海底にあった地塊が隆起して山地になったものだそうです。その根拠となった地質の特徴は、次の通りです。

(!).丹沢山地をつくる岩石が約1500~500万年前に海底に堆積していた火山噴出物を主体とし、それに砂や泥が重なった地層(丹沢層群)であること。

(2).その中に亜熱帯の海底で生じたサンゴ礁石灰岩が挟まれていること。

(3).山地中央部におそらく地下10㎞以上も深い地殻の中で生じた深成岩体が貫入し広く分布すること。

(4).深成岩体のまわりの丹沢層群の岩石には、熱で変性した岩石がとりまき、かつ南部には、強い圧力を受けて生じた変性岩(結晶片岩)があること。

 これらの特徴は、周辺地域には、見られないもので、丹沢山地が独立した地塊であり、伊豆・小笠原弧の一部で隆起し、地表で浸食を受けているという類例の少ない地域であることを示しています。

2011/06/18

蝶の情報活動は諜報活動!?

 「館長のジョーク箱(ボックス)」の紹介をさらに一つ例示します。

 都会でも、春になると、モンシロチョウの姿をよく見かけます。

 このモンシロチョウの仲間に、何万という大群で朝鮮海峡を渡るチョウがいます。

 このチョウは、南東の季節風が十分な強さであることを確認すると、鳥などの外敵に見つからないように、夜間、真っ暗な海面をすれすれに飛んで行くのだそうです。

 まさに、「夜の蝶」ですね。

 さらに、朝鮮海峡などとは、比べものにならない距離を大移動するチョウもいます。

 このチョウは、親、子、孫の三代をかけてアラスカと南米のアンデス山脈との間を往復するのだそうです。驚きの大移動ですね。

 まず、アラスカに生まれた初代のチョウは、カナダを通って北米のロッキー山脈まで行き、そこで卵を産んで死にます。

 卵からかえった二代目のチョウは、中南米を通ってアンデス山脈まで行くと、やはり卵を産んで死にます。

 そして、アンデスで生まれた三代目のチョウは、南米から北米に移動し、カナダを経てアラスカに戻るのです。

 このように、三代でローテーションを組んで一巡するのです。

 それもチョウは、何十万という大群なのです。この移動で太陽の光は遮られ、空はブルーグリーンに染まって、ザザーッと異様な音に包まれます。

 なぜ、このような大移動を繰り返すのか、分からないそうです。それぞれのチョウは、自分の背負っている大きな使命をどうして知っているのでしょうか。

 人間には、分からないようです。チョウは、分かっているのでしょうか。非常に不思議な世界です。

 産まれた時の気温によって、遺伝子の1/3のいずれかに次々と決定され、遺伝子の指令によって移動を続けるのでしょうか。

 チョウの世界に入らなければ、分からないかもしれません。

 生き物の世界の謎は、尽きることがないようです。

2011/06/09

燕の三角関係

 「館長のジョーク箱(ボックス)という本を図書館から借りて読んでいます。

 日本の燕は、フィリッピンとマレー半島とからやってくるのだそうです。2000㎞から5000㎞の信じられない長旅なのです。

 家の軒先に巣を作って卵を産み、雛がかえると、親燕は、1日に300から400という大量の虫を捕ってきます。虫は、雛の大きさによって変化させるのだそうです。雛が小さいときには、蜂やハエなどの小さな虫で、雛が大きくなると、トンボやバッタなどの大きな虫だそうです。

 雛が無事に育つと、親子で南の空に飛んで行き、翌年には帰ってきます。不思議なことに、毎年同じ場所に戻ってくるそうです。これは、燕に限らず、渡り鳥の習性で、渡り鳥は、記憶装置を備えているのだそうです。

 そこで、同じ燕が同じ場所に戻ってくるのかを調べるために、燕の足にペンキを塗ったのだそうです。

 A君の家の燕には黄色のペンキ、B君の家の燕には赤色のペンキを塗ったそうです。

 次の年のA君の家に戻ってきた燕の足には、雄には黄色のペンキが付いていたが、雌には付いていなかったそうです。雄は、愛人を連れてきたということです。一週間後には、黄色のペンキを付けた本妻が戻ってきたそうです。燕の世界にも三角関係があるようで、しばらくすると、本妻が勝って愛人が追い出されたそうです。

 一方、B君の家に戻ってきた燕は、雌は赤いペンキを付けていたが、雄は、別の若い雄だったそうです。しかし、赤いペンキを付けた雄は戻って来ず、事故があったようです。

 鳥の世界にも、旅の途中で事故があり、翌年に戻ってくるのは、70%と言われているそうです。

 B君の家の燕の雌は、雄と死に別れたようです。それでも種族を保存しなければならない大事な務めがあるので、若い雄をつれてきたのでしょうということです。

 燕の世界にも、人間の世界と同様の問題が生じうるということです。

2011/05/30

山中湖ロードレースを完走しました

 昨日は、第31回スポニチ山中湖ロードレースの一周部門に参加し、完走してきました。

 昨日は、天気予報では、始めのうちは曇り一時雨だったのですが、直前になると、雨という最悪となっていました。でも、台風はまだ南で遠方であり、日曜日の9時ごろは小雨で済むと楽観的に予想していました。

 息子の自動車で当日の朝6時に自宅をスタートし、1時間すぎには山中湖付近に着きましたが、駐車場が満杯で、あちこち探してスタート地点から遠く離れた位置に駐車できました。

 そこから、家族4人で傘をさして7時半ごろに選手受付に行き、ゼッケンとランナーチップをもらい、自動車まで帰って、ゼッケンとランナーチップとを取りつけて、穴あきごみ袋をかぶって、傘をささないで、スタート地点まで移動してスタートを待ちました。雨が強ければ、本式のカッパを準備してあったのですが、小雨と予想しており、持参していませんでした。

 スタート前から雨で濡れていました。スタートでは、千葉真子さんの元気な声に励まされました。このころは、まだ雨も多少ましな状態でした。スタート後は、ほぼ皆快調に走っていました。なかには、例外もいたのは、いつものとおりでした。

 7キロ過ぎの上り坂になると、結構、スピード差ができ、練習不足の人がいました。かなり上りが続いた後で、下りとなり、私は下りは好きなので、ここで頑張りました。

 坂を過ぎると、左手に山中湖が見やすくなり、湖を見ながら走りました。少し、疲れがでてきたので、忘れるためでした。雨でなければ、富士山が見えるのだろうと、残念に思いながら、走りました。

 私は、本来は、長距離タイプなので、13.6キロという短距離は走らないのですが、距離に合せて速度を多少上げて走っているので、疲れもでてきました。

 地面には、水が溜まったり、流れており、水のない所を選んでいましたが、選びようがなくなり、次第に水の中に靴を入れて走ってしまいました。

 最後のゴール付近では、雨が豪雨のようになり、マラソンどころではないね、と言いながらも、がんばって走り続けました。全身がずぶぬれでした。

 ゴールしたら、ゴール付近は水たまりで、靴が全く水に隠れるほどでした。家族を探しても、見つからず、あちこちと探して、寒い思いをしました。妻は、私よりも遅いので、しばらく待っていましたが、見つからず、一人で自動車に帰ってきました。娘と息子は、先に帰ってきていました。自動車のなかで着替えをするという始めての経験でした。妻は、とん汁を食べて、かなり遅くなって帰ってきました。私はとん汁があることも知らなかったのです。

 始めての所でのマラソンでは、どうしてもミスもあるものです。大雨の経験も初めてでした。良い経験となりました。今後、この経験を生かすためにもマラソンを継続したいと思っています。

2011/05/25

DNA鑑定

 前回に紹介の「科学の豆知識」という本の紹介を続けます。

 現場に遺留品がなく、指紋も検出されない場合でも、犯人の髪の毛が一本又は一滴の血液でも残っていれば、犯人の割り出しが可能となってきます。

 DNA鑑定には、ある程度の量のDNAが必要なのですが、どうするのでしょうか。

 一本の髪の毛などから、取り出したDNAをコピーして複製すれば、必要な量が得られ、DNA鑑定が可能なのだそうです。

 では、DNAのコピーは、どうすればよいのでしょうか。

 この方法は、PCR(Pplymerase Chain Reaction)法という方法で、同じDNAを大量に複製するのです。

 DNAは、一本での存在が不安定なので、2本がからまった状態で存在しようとする性質があります。

 そこで、犯人のDNA(二本がからまった状態のもの)を一本に引き裂き、DNAをつくるために必要な原料と一緒に反応させます。

 そうすると、二本一組のDNAが2組できるということです。

 この方法を繰り返すことによって、大量のDNAができるということです。

 なお、この本では、DNA鑑定という表現が使われていますが、正確には、DNAのすべてを決定して鑑定するのではなく、どの型であるかを鑑定するだけですので、DNA型鑑定です。

2011/05/12

山中湖ロードレースの参加通知書

 第31回スポニチ山中湖ロードレースの参加通知書が今日、葉書で郵送されてきました。

 妻あてには、昨日に郵送されましたので、女性の方から順に発送しているようです。

 このロードレースは、中止となることなく、実施されることとなり、嬉しく思っています。

 参加通知書の内容は、表に種目名とナンバーカードの番号が記載されており、Tシャツのサイズが記載されています。

 種目名は、ハーフマラソンと山中湖一周とがあり、エントリーの際に、ハーフマラソンは、エントリーができない状況でしたので、山中湖一周です。私は、長い距離の方が合っているのですが、できるだけ距離に合せて苦手な高速に合せる予定です。

 なお、参加賞のTシャツの大きさは、すでに希望で確定しているのです。

 中止された東日本国際親善マラソンの場合には、参加賞のTシャツの大きさが確定していないという妥当でない運営によって勝手に男性はLサイズとされて、大きなTシャツが郵送され、変更できない状態でした。この大会では、妥当な手配がなされています。妥当な運営をするには、あらかじめ決定しておかなければならないので、当然のことかもしれません。

 参加通知書の本文には、大会スケジュールが記載されており、大会開催日は5月29日であり、受付は、5月28日又は29日となっていますので、当日に選手受付をする予定です。

 私にとっては、今回が初めての参加ですが、妻や息子は以前にも参加しており、当日の朝早く車でスタートして山中湖へ到着する手順となっています。

 参加通知書には、会場案内図も記載されていますが、私には、過去の経験者が付いているので、これについては、全面的に依頼して私はロードレースに熱中の予定です。

 今回は、中止されることなく、参加できることに喜びを感じています。これで日本全体が少しでも活気づくことになれば、被災地の方の励みともなり、喜んでいただけるものと確信しています。

 

 

 

2011/05/10

指紋検出のしくみ

  「化学の豆知識」という本を図書館から借りて読んでいます。

  ここでは、指紋検出のしくみについて紹介します。

  科学捜査研究所では、犯人確定のための多くの分析技術が利用されているそうです。その基本の一つが指紋の検出です。

  指紋が何に付着しているかによって検出方法が異なるようですが、ここでは紙類に付着している指紋の検出について説明されています。

  この場合の指紋検出の方法は、どうなのでしょうか。

  文字が印刷されていない紙に付着した指紋の場合には、紙にニンヒドリン試薬を直接、噴霧して乾かすだけで、赤紫色の指紋が検出されます。

  紙に文字が印刷されている場合には、印刷が邪魔となりますが、どうなのでしょうか。

 この場合には、

  ①、和紙にニンヒドリン溶液を浸し、冷風乾燥されます。

  ②、①の和紙を指紋の付着した紙に密着させ、スチームアイロンを約1㎝離して蒸気を当てます。

  ③、①の和紙が赤紫色となることで指紋が検出されます。

 ところで、指紋は、紙にどうして付着するのでしょうか。

 私たちの皮膚は、たんぱく質や脂質で覆われていますので、指紋の溝の凸部についているたんぱく質などが紙に付着するのです。

 たんぱく質は、多数のアミノ酸の連結体ですので、アミノ酸の検出薬のニンヒドリン試薬と反応して赤紫色となるということです。

 汗の成分もたんぱく質ですので、洗剤や洗濯機メーカーでは、衣類のどこに汗をかきやすいか、また汚れがどれくらい落ちているかをチェックするためにもニンヒドリン反応を利用しています。

2011/05/01

東日本国際親善マラソンの参加賞

 一昨日、第15回東日本国際親善マラソンの参加賞と大会プログラムが郵送されてきましたので、紹介します。大会参加者の暖かい心情に対して、大会中止理由が不明瞭ですので、今後の大会運営のために紹介しておきます。

 拝啓 春暖の候、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

この度の東日本大震災に被災された皆様に、改めて心よりお見舞い申し上げます。

 さて、先般お知らせ申し上げました「第15回東日本国際親善マラソン」の中止につきましては、多くの皆様のご支持、お申込をいただきながら、このような結果になりましたことは誠に心苦しく残念でなりません。

 しかし、大震災後の復興状況は未だ先が読めず、ますます深刻化しております。大会中止の決定は皆様のご理解をいただけるものと深く感謝を申し上げます。

 つきましては参加賞と大会プログラムをお送りさせていただきます。Tシャツのサイズは男性はL,女性はM・Sと甚だ勝手ながら決めさせていただきましたので、何卒、事情ご容赦をお願い申しあげます。

 皆様から「参加賞Tシャツも支援物資として被災地に届けて欲しい」との温かいご意見も多数いただきましたが、現段階では衣類の受付は一時見合わせているとのことですので、ご了承下さいますようお願い申し上げます。

 改めて今大会を楽しみにされていた皆様には、ご期待に沿えず誠に申し訳ございませんが、事情ご理解いただき、ご容赦を重ねてお願い申し上げます。

 被災地の一日も早い復興と皆様のご健勝をご祈念申し上げます。

 今後とも東日本国際親善マラソンに温かいご支援・ご支持を賜りますようお願い申し上げます。                 敬具

                平成23年4月

                日本国際親善マラソン組織委員会

 ところで、この大会の中止は、どのような根拠なのでしょうか。前回の通知では、「大会を安全に開催することが困難である」ということでした。ということは、被災地の問題ではなく、神奈川県での大会が放射能の拡散などの多数の理由に基づいて安全に開催できないということでした。

 ところが、今回の内容では、大会の安全な開催の問題は、一切触れられず、「被災地の復興状況は先が読めず、ますます深刻化しております」と述べられており、被災地の問題だけが取り上げられています。中止の根拠が変更されたかのように読めます。

 中止の理由がこの根拠であれば、義援金を募って延期することが最善であったと思います。ここに記載されていない何らかの根拠があるのではないでしょうか。

 さらに、前回の中止理由では、義援金の計画があることが示されていたのに、今回は全く触れられていません。参加賞の支援物資の受付ができないことに触れるだけて、肝心の義援金のことが触れられていません。

 参加費用の返還については、社会的妥当性に欠けるおそれのある契約に記載されていても、前回の中止理由に記載のように、直ちに、「申込規約に基づき返金しません」とするのは、妥当でしょうか。ここでは、返還しなくてよいのであって、義援金として送る責務があると思います。

 今回の文では、「容赦」という用語が使用されていますが、非常にきつい印象を与えています。

 今でも、外国人から、神奈川県も放射能の拡散によってマラソンも開催できないと誤解されることを回避してマラソンを開催することが最善だったと思っています。

 大会関係者の良識のある中止決定後の手続きをお願いいたします。

 

2011/04/25

魚津しんきろうマラソンを応援してきました

 昨日は、魚津しんきろうマラソンを応援してきました。

 娘が、魚津しんきろうマラソンは中止されないで実施されるとのことで、エントリーしていたからです。娘も体調を崩していたうえに、天気予報も良くなさそうだったのですが、娘の体調も少し良くなり、当日が近づくに従って、当日は晴れそうだったから、参加に変更した次第です。

 ホテルのキャンセル料も4割で、あまり返還額が大きくないのも参加に変更した理由です。

 土曜日から出かけましたが、土曜日は、雨の予報通りでした。宿泊は、富山のホテルでしたので、雨の中を傘をさして桜の終わった桜通りを見物しただけで、夕食を3人で富山の駅近くで済ませました。

 当日は、朝から晴れていたので、準備していたパン食で食事を済ませ、急いで、魚津まで電車で行き、会場まで歩いて行き、選手登録などを済ませました。

 この大会は、ハーフマラソン、10キロ、5キロ、3キロ、2キロの部門で、娘はハーフマラソンの部門でした。ゲストランナーは、西村哲生さん、猫ひろしさんで、残念ながら10キロ部門のようでした。娘とは、全く違う時間に走っているのを見つけ、応援しました。

 ハーフマラソンは、スタート地点から、北東方向に行って、帰ってくる往復コースの後に、南西方向に行って帰ってくる往復コースですので、応援は、中央のスタート地点の近くで2回以上は応援できるコースでした。

 そこで、応援は、スタート地点の1キロ前で全員の写真を撮り、帰ってきたところで応援し、ゴール前1キロ地点で最後の応援をすることにしました。

 予定通りの応援ができましたが、当日は、風が強く、海岸の近くだったので、寒くなり、ランナーを待っている間は、前後に走って、体を温める始末でした。ランナーには、多少寒い位が良かったかもしれませんが、応援には不都合でした。でも、風は、向かい風がランナーにもきつかったようです。

 娘は、無事、女性上位グループの争いに参加し、体調の悪い中では、良くやったと評価しています。何しろ、娘はマラソンでは、私の大先輩ですから・・・

 このマラソンは、中止されずに、開催されたことに意義があると思います。マラソンに参加しない私も、ささやかながら義援金箱に入れさせていただきました。

 外国人から、日本全体が放射能のため、日本中でマラソンが実施されないのだと誤解されないためにも、マラソンが今後、完全に実施されることを期待しています。(コメントについては、残念ながら目撃していません。)

2011/04/09

「第15回東日本国際親善マラソン」開催中止のお知らせ

 「第15回東日本国際親善マラソン」開催中止のお知らせが今日、郵送されてきました。

 残念ですが、致し方ないことと思っており、紹介します。

 急啓 大震災による不安な日々が続きますが、皆様には被害などがございませんでしたでしょうか。お見舞い申し上げます。

 さて、2011年4月17日(日)に開催を予定しておりました「第15回東日本国際親善マラソン」は開催中止とさせていただきました。さる3月11日に発生いたしました東日本大震災による被害、福島原発の事故・放射能の拡散、余震、計画停電など深刻な状況の中で、大会を安全に開催することは困難であると判断し、やむなく中止の決定に至りました。

延期での開催もありません。

 東日本大震災による被害を受けられた皆様に心からお見舞いを申し上げますと共に、被災地の皆様の一日も早い復興を心から祈念いたします。

 今回は大会史上最高のお申込みを頂き、ご期待に応えられますよう張り切って準備をしてまいりましたが、このような決定になり断腸の思いです。

何卒ご理解ご了承を賜りますよう心からお願い申し上げます。 

                               早々

 マラソンの中止は、大会の安全開催が困難であることが根拠となっており、放射能の拡散までもが理由の一部となっていることには疑問(外国人は,神奈川県でも放射能被害があるのかと疑います)がありますが、東日本大震災の悲惨な事態!を考えるとき致し方ないものと思います。後者の理由であれば、義援金を募っての延期開催もあったかもしれません。残念です。

 参加費、参加賞の取り扱いについては、次のように記載されています。

 参加賞として準備いたしましたTシャツおよびプログラムにつきましては、後日ご登録のご住所へお送りさせていただきます。

なお、発送の時期につきましては、流通の状態を確認しながら4月下旬を目途にお届けする予定です。

※参加費につきましては、申込規約に基づき返金いたしませんので、あらかじめご了承下さい。

また被災地の方々へ、神奈川新聞社を通じて義援金をお届けする計画をしております。

             東日本国際親善マラソン大会組織委員会

 参加費の返金は、「規約に基づき返金いたしません」となっていることには、賛成できませんが、参加費を義援金とすることには、賛成ですので、よろしくお願いいたします。

 

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