邪馬台国
耶馬台国についての本(珍説・奇説の耶馬台国、岩田一平)を読んでいますが、耶馬台国とはなんでしょうか。
耶馬台国とは、2世紀末から3世紀始めの頃という大昔の日本の一部の国で、その国は、卑弥呼という女王がおさめていたようです。この国は、大和朝廷よりも古いが、大和朝廷と何らかの関係があるのか、ないのか、場所はどこなのかが不明ですので、ここに興味が引かれるようです。
日本最古の記録「古事記」、「日本書記」にも全く記載されていないので、多数の解釈が成り立ち得るようです。
邪馬台国は、中国の三国時代(魏、呉、蜀)での魏の史料「魏志倭人伝」にだけに記載されている倭人の国です。魏は、中国の三国の中では、最も近いので、日本と交流しやすかったようです。大和朝廷の以前に日本の一部の国が魏の都を訪れていたことに興味があります。
この頃には、朝鮮半島の西岸中央部には、中国の出先機関が帯方郡というところにあり、前記魏志倭人伝には、帯方郡から耶馬台国への道のりが記載されており、これが正確に記載されていれば、ほとんど問題は生じなかったようです。
耶馬台国への道のりは、→南や東へ7000余里→狗邪韓国→南?へ1000余里→対馬国→南へ1000余里→一支国→南?へ1000余里→末盧国→東南へ500里→伊都国→東南へ100里→奴国→東へ100里→不弥国→南へ水行20日→投馬国→南へ水行10日、陸行1月→耶馬台国とういうことです。
トータルの距離は、1万2000余里だそうです。この頃の1里は420mだそうですので、5000㎞を超える距離だそうです。耶馬台国は、日本を遥かに超える距離の位置にあることになります。耶馬台国の使者や中国の編者が、耶馬台国の大きさを誇張して説明又は記載した可能性がありそうです。
このため、耶馬台国の位置の解釈は、日本各地のほか、外国の案もあるようです。
例えば、日本では、新潟県、長野県、山梨県、静岡県、石川県、福井県、滋賀県、京都府、奈良県、大阪府、近畿中央、奈良県~和歌山県、山陰地方、岡山県、徳島県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県などであり、外国では、フィリッピン、ジャワ島・スマトラ島、エジプトなどです。
色々と解釈できるので、各人がそれぞれに独自の解釈によって、耶馬台国の位置を推測できるところに面白さがあるようです。M

